アクセス数:アクセスカウンター

辻邦夫 『真昼の海への旅』 小学館P+Dブックス

辻邦夫らしい哲学小説。ずいぶん昔に読んだのですっかり忘れてしまったが、『背教者ユリアヌス』に、読み終わった後の気分だけが似ているような気がする。 小説のあらすじ自体は、ヨーロッパ人を主体とした8人のクルーと4人の下働き少年が中型帆船に乗って…

有吉佐和子『複合汚染』 新潮文庫

1975年ごろに書かれたようだが、ずいぶん話題になった本だった。当時は水俣病や富山のイタイイタイ病、四日市の大気汚染を訴えた公害訴訟など、日本全国が公害問題で揺れていた。『複合汚染』という言葉がまだ目新しかったから、ベストセラーにもなったので…

梅棹忠夫 女と文明ー妻不要論

本書のある章を読んでいて一つ気になった論議があった。妻というものはやがて不要になるという激しい内容である。 p89-90 一般的な男の立場から言えば、今まで妻というものは家事労働全般の担当者として、その必要不可欠性が認められてきた。しかし今は高…

井上ひさし 『吉里吉里人』 新潮社

850ページ、2500枚の大作。初読は刊行当時の1982年だからほぼ40年ぶり。 名作、それもシェイクスピアに匹敵すると思われる大名作。シェイクスピアには格調高い大演説と、駄洒落ダラダラ混じりの長広舌が一つの作品の中でいくつも混在するが、『吉里吉里人』…

梅棹忠夫 『文明の生態史観』 中公文庫

p101・201-2 東洋とか西洋とかいう言葉は、漠然たる位置とか内容をあらわすには大変便利な言葉だが、少し精密な議論を立てようとすると、もう役に立たない。 わたしは大きな地域の文化の成り立ちを考えるとき、その文化の先祖はどこかという「系譜論」の立…

司馬遼太郎 『アメリカ素描』 新潮文庫

巨大文明アメリカの中での様々な文化的側面‥‥WASP、犯罪の日常性、排日問題、ゲイ、多民族、清教徒感覚、弁護士社会、ウォール街・資本の論理‥‥が、あまり重苦しくなく語られる。 巻の終章に近いところで触れられる「アメリカ的善意」がフレッシュだった。ア…

司馬遼太郎 『風塵抄』 中公文庫

1986年から89年まで毎月1回、第一月曜に産経新聞に連載した短いエッセイ集。一回ごとの文章は短くても、連載が長期にわたるので、全部をまとめて一冊にして読むと、司馬の全身像がよく見えてくる。 数例をあげる。 ダーウィンは自然淘汰論を言ったが、京都…

池澤夏樹 双頭の船 新潮文庫

11年3月11日の震災後。被災地で実際あったかどうかはわからない出来事を描いた半ユートピア?小説。 地震の後、ある港に数百トンのフェリーがほぼ無傷で残った。そのなかに数十戸の、陸地に作ったミニ仮設より少しはましな仮設住宅が作られ、人々が震災…

内田樹・白井聡 『日本戦後史論』 朝日文庫

内田樹 ある国の中にあるカウンターカルチャーって、その国と政治的に対立している国からすると、唯一の「取り付く島」なんですよ。だから、外交的に言うと、どんな国にも反権力的な言説とか芸術があった方がいいんです。ですからアメリカの場合、あれだけで…

ドナルド・キーン 『日本の文学』(吉田健一訳) 中公文庫

第四章 日本の小説 源氏物語(p102-7) 一九二五年にウェーリの訳による源氏物語の第一巻が出たとき、欧米の批評家たちはその規模が雄大なのと、そこに窺われるそれまで想像もしなかった世界に圧倒された。そして彼らにもっとなじみがある文学で、これと比較…

池澤夏樹 きみのためのバラ 新潮文庫

三十ページほどの短編が八篇収められている。三篇目の『連夜』が面白かった。総合病院の内科医ノリコ先生と、院内各部署に医薬品などを届けるアルバイトの斎藤くんだけが登場人物。 もともと二人は何の関係もない人間だった。ある日その斎藤くんがノリコ先生…

結城昌治 『軍旗はためく下に』 中公文庫

1940年、米軍の圧倒的な戦力の前でボロボロ、ちぎれちぎれになっていたフィリピン戦線での日本軍旗。しかしその旗の下で、東条英機が作った「戦陣訓」だけは当初の苛烈さを失っていなかった。いやますます、上層部の作戦の愚劣と暴行の数々には甘く、末端兵…

宇野千代 『或る一人の女の話 刺す』 講談社文芸文庫

「或る一人の女の話は」は主人公・一枝の男性遍歴の話。「世の中の人は私の男性遍歴、男性遍歴というが、それは大間違いである。男性遍歴どころか、私は男性に捨てられて捨てられて、失恋し通しで生きてきたのである」と彼女は「解説」で言っている。「私は…

司馬遼太郎他 古代日本と朝鮮

日本の中の朝鮮文化 黒潮と日本文化 岡本太郎 例えば伊勢神宮は、そもそも日本の皇室だけのものではないのではないか。沖縄のシャーマニズムと同じものなのじゃないのか。このあいだ式年遷宮をやったけれども、古い本殿の下には大きめの石ころだけがあった。…

司馬遼太郎 韓のくに紀行 朝日文庫

誰もが高校の日本史で習ったように、朝鮮半島には「百済」という国が紀元前後からあって、大化の改新の頃に亡んだ。その百済の南の方に任那という半独立国家みたいな地域があり、主に北九州地方と盛んに人的・物的交流をしていた。日本にも百済・任那からの…

ジェイン・オースティン 『高慢と偏見』 中公文庫

200年以上も前の作品において、精細な心理描写の見事な連なりがゆらぐことなく維持され、映像化が現代も相次いでいるというさすがの作品。特に地の文においての、相手が言おうとしていることを事前に読み取り、その裏をかく話し方をお互いに続ける会話の…

ヘンリー・ミラーが若いころに読んだ本 ヘンリーミラー全集 新潮社

(ヘンリー・ミラーが子供、若いころに読んだ本を順不同で挙げる. わたしがよんだのは紫色文字の本だけ。) ニーチェ『悲劇の誕生』、ルイス・キャロル『不思議の国のアリス』、トーマス・マン『ヴェニスに死す』『魔の山』『ブッデンブローグ家の人々』、マ…

岡本かの子 生成(しょうじょう)流転 小学館

近代文学史に新しく残るべき、四六判500ページの長編。初版刊行は2018年、まだ新しい本だ。 描かれる時代は太平洋戦争で敗戦の色が濃くなりつつあった頃。東京空襲の無残なシーンがかなり出てくるが、岡本かの子はそれ以前、1939年に没しているから、このあ…

瀬戸川猛資 『夢想の研究』 東京創元社

1999年にわずか51歳で死んでしまった、丸谷才一言うところの、話の柄がむやみに大きく気宇壮大な論文をサラサラっと楽しそうに書くミステリー評論家にして映画評論家>。瀬戸川猛資はそういう人である。本格的な活字書物は、というのは中に写真やイラストな…

グレアム・グリーン 『ヒューマン・ファクター』 ハヤカワ文庫

自身イギリスの諜報部員だった経歴を持つグリーンの二重スパイ小説。「ヒューマン・ファクター」というタイトルがいい。 ストーリーは込み入っていて、とてもこの「感想文」で抄説できるものではないが、主人公カースルは南アフリカ駐在時代に情報収集に使っ…

高島俊男 『中国の大盗賊』 講談社現代新書

中国の歴代王朝の創始者は、例外なく、自分の出身地を荒らしまわった「盗賊」・「流賊」が大きくなったものだという考え方で、一冊を通している。これは世界的定説でもあるのだが。 この本では、元祖盗賊皇帝である漢の劉邦から稿を起こし、乞食坊主上がりの…

船曳建夫 『「日本人論」再考』 講談社学術文庫

福沢諭吉『脱亜論』からはじまり、内村鑑三『代表的日本人』、新渡戸稲造『武士道』、九鬼周造『いきの構造』、和辻哲郎『風土』、小林秀雄・林房雄らの座談会『近代の超克』などへと行き、そのあとも司馬遼太郎『坂の上の雲』、中根千枝『タテ社会の人間関…

白川密成 「不要不急」のマンダラ 新潮新書

本書中で目を留めた二つ目。p180-182 コロナとの付き合いは長期戦になりそうだ。仮にコロナが終息したとしても、他のウィルスがまた発生する可能性があるだろうし、巨大地震や原発事故でもない「何か」が、また忽然と私たちの目の前に現れるだろう。だから今…

阿 純章 要に急がず、不要に立ち止まる 新潮新書

コロナ禍の日本社会を象徴する言葉になった「不要不急」。この語をめぐって十人の仏教者が考えを述べ合った小論文集。中に一つ天台宗の阿純章(おか じゅんしょう)という僧侶が書いたものが目に留まった。 P101-2 <いまの社会では、私たちは自分と他者の…

司馬遼太郎 『翔ぶがごとく』 8 文春文庫

後半、田原坂などで決定的敗北に至る前の、動乱全体の帰趨を左右する「関ケ原」の三つの戦いが描かれる。1882年2月22日・23日の熊本城攻防戦と25日・26日の「高瀬の会戦」だ。 結局薩摩軍は熊本城を落とせず、かといって戦争全体の行方に影響な…

司馬遼太郎 『翔ぶがごとく』4 文春文庫

p116-120 幕末から明治の草創期、西郷の頭の中には「工業を起こす」という重要な視点が入っていなかった。 多くの面で西郷の師匠であった元藩主、英明な島津斉彬には、このことについての思想と抱負と政治的実績があった。斉彬はイギリスで勃興した産業革命…

司馬遼太郎 『翔ぶが如く』3 文春文庫

西郷隆盛の征韓論の基底には、ロシアの南下による北海道侵略への恐れがあった。ロシアは江戸時代の最末期にしばしば北海道周辺に現れ、艦載砲を撃ったりして威嚇している。 明治維新がなってからは、ロシアは西ヨーロッパでオーストリア、ドイツ、フランスな…

村上春樹 『街とその不確かな壁』 新潮社

今までの村上春樹の中で一番難解な小説。ではあるが、第三部を読み終えると、僕の魂の中で一番ストンと落ち着きどころが納得できた作品。 第三部になって主人公は自分の分身である「影」が実体化した「イエローサブマリンの少年」と邂逅し、少年が夢読みにと…

獅子文六『箱根山』ちくま文庫

箱根温泉郷の二大老舗旅館である玉屋と若松屋は、もともとは一つの経営体であったのが、いまは何かにつけて相争うライバルの仲。片方の玉屋側には、旧ドイツ軍下士官フリッツと部屋係女中の間に生まれた勝又オットー(乙夫)という17歳の優秀な若番頭が育ち…

『江分利満氏の優雅な生活』 ちくま文庫

書名は、迂闊なことながら「えぶりみつる氏の優雅な生活」と読むんだと思っていた。ところがまったく違って「Every Man氏の・・・」と読むのだった。著者の山口瞳はサントリー宣伝部で『洋酒天国』編集長だったから、派手な大企業宣伝部での仕事内容も交えた…