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夏目漱石 『それから』(角川 漱石全集7)

『それから』は1908年作『三四郎』の翌年に書かれた。だから『それから』は小川三四郎の人生がそれからどうなったかを描いたものであるという人がいる。が、これはまったく間違っている。両作品は牛と馬ほどに違うことを書いている。 まだ江戸時代である…

最相葉月 『絶対音感』(新潮文庫)

絶対音感とは、ごく簡単にいうと、例えば440ヘルツに調律されたピアノのA音(ラの音)を基準にして、そこからすべての音を正確に聞き分けられ、楽器でも声でも再現できる能力のことだそうだ。完璧な絶対音感を身につけた人は、街中のさまざまな雑音の中か…

木村尚三郎  『西欧文明の原像』(講談社学術文庫)3/3

自分以外のすべてに対する不信感こそ、西欧の力の源泉 P251-258 権力を掌握する者は悪いことをする、彼らを信じきることは破滅を意味する。人はそれぞれ自分で自分の身体・生命・財産を守らなければならない、ーーこれが16・17世紀の宗教戦争期以…

木村尚三郎 『西欧文明の原像』(講談社学術文庫)2/3

ウマイヤ朝ムスリムが紹介するまで、西ヨーロッパはアリストテレスを知らなかった p77-9、86-9 西ヨーロッパがプラトンやアリストテレスを知ったのは12世紀のことであり、それもスペイン・ウマイヤ朝のイスラム教徒を介してのことだった。ウマイヤ朝の首…

木村尚三郎 『西欧文明の原像』(講談社学術文庫)1/3

いまのアメリカは、「西欧の精神」の露骨な見本帳だといえる p46-8 欧米人にとって戦争は、長いあいだほとんど唯一の、そして確実なコミュニケーションの手段そのものだった。今日なお、その意味は失われていない。 欧米の文化はまさに戦士の文化であり、一…

シュテファン・ツヴァイク 『マリー・アントワネット』(岩波文庫)

ナチスドイツによって永遠に葬り去られた古きよきヨーロッパ。社会上層の教養主義がまだ本来の意味で生きていた時代への愛惜を、ツヴァイクは脱出先の南米のホテルで何の資料も持たずに、ただ驚くべき記憶力だけを頼りに、『昨日の時代』として一気に書き上…

木村尚三郎 『歴史の発見』(中公新書)

歴史を学ぶとき、今までのような古代・中世・近世・近代・現代といった時代区分ははたして有効なのか。現代の自分たちの世界は、はたしてそのような順序をたどって変化してきたのか。 著名な西ヨーロッパ文明史家である著者は、その時代の人々が自分の生きる「…

村上春樹 『国境の南、太陽の西』(講談社文庫)

男性には直感的に見とおすことのできない「女性性」というものの――そんなものがあるとすればだが――奥深さ。村上春樹が初期のころから書いてきて、特に若い年代の読者から支持を受けてきたテーマが、この本でも甘く、せつない長編抒情詩になって繰り返されて…

村上春樹 『風の歌を聴け』(講談社文庫)

村上春樹30歳のデビュー作。冒頭や後書きも含めて何度か、村上自身が「最も影響を受けた作家」としてデレク・ハートフィールドという架空の人間が登場する。登場のさせ方が巧妙なので、村上のことをよく知らない人は実在の作家だと思ってしまう。 それはとも…

フリーマントル 『別れを告げに来た男』(新潮文庫)

亡命・スパイ小説の傑作。1983年4月、私がサラリーマンをやめる前後に読んだものの35年ぶりの再読。10年以内にソ連がなくなるとはだれも予想していないときだった。 主人公アンドレイ・パーヴェルはまだ十分に強大だったソ連の宇宙ロケット開発の絶対的…

アレクサンドル・デュマ 『モンテ・クリスト伯』(岩波文庫)

近代小説史上最大&最高のエンタテインメント作品。 ボナパルト派と王党派の陰謀に巻き込まれ、冤罪で14年間地下牢に閉じ込められたエドモン・ダンテス。その彼が、同じく入牢中だったイタリアの老司祭からモンテ・クリスト島に隠された巨万の財宝のことを教…

ゾラ 『居酒屋』(新潮文庫)

牧師、売春婦、洗濯女、豚肉屋、門番、小間使い、労働者・・・・・、パリの最下層の男たち女たちがひどい貧困と汚濁の中で、他人の幸福を妬み、不幸を哄笑し、安すぎる賃金を呪い、くず肉のスープを水増しして食べ、強い火酒で喉をただれさせ、夫は隣の娘を…

スタンダール 『赤と黒』(新潮文庫)

ナポレオン没落の1814年から15年間ほど続いた、極端な保守反動期のパリが舞台。(第一部はジュリアン・ソレルがうわべだけのラテン語教養と、人を蹴落とす尊大さと、貴族社会への反抗心を磨いた、フランス南西部のブザンソン近郊が舞台。ここで生涯の恋人レ…

前野ウルド浩太郎 『バッタを倒しにアフリカへ』(光文社新書)

2017年5月に発行して以降、毎週増刷を続けているというベストセラー新書。経済誌・プレジデントの敏腕プロデューサーに「売れる本」をつくるための文章の書き方、章立ての工夫などをみっちり教えてもらったということで、読み手をどきどきさせる抜群の出来栄…

養老孟司 『遺言』(新潮新書)2/2

ヒトとハチは同じことをしていないか p126-7 共有空間が成立するのはヒトの場合だけではない。アリ、ハチ、シロアリのような社会性昆虫も機能的な共有空間をつくる。ただしそれは概念的な共有空間ではないはずである。一定のやり方で次々に部分をつくって行…

養老孟司 『遺言』(新潮新書)1/2

意味のないものにはどういう意味があるか p36-7 雑草とは何か。そんなものは植えた覚えがない草のことを、雑草という。植えなかった理由は、その人にとって意味がないからである。サラダにするわけでもないし、野菜炒めにするわけでもない。それなら引っこ…

福岡伸一 『新版 動的平衡』(小学館新書)3/3

がん細胞とES細胞の共通点 p164・170 ES細胞は万能細胞と呼ばれている。シャーレの中で培養できる。そのES細胞は置かれたまわりの細胞と「コミュニケーション」をとりながら、何にでも――肝臓にでも腎臓にでも心臓にでも――なりうる態勢で、施術者の指示を待…

福岡伸一 『新版 動的平衡』(小学館新書)2/3

生命においては、全体は部分の総和ではない p145-6 生命は細かく分解していくと確かに部品になる。遺伝子上に設計図がある二万数千種類のミクロな部品に。その部品(タンパク質)は今ではどれも試験管内で合成することができる。 でも、それを機械のように…

福岡伸一 『新版 動的平衡』(小学館新書)1/3

人は、たとえば70歳になったとき、10歳のときよりは1年が短くなったと思わないだろうか。小学生のとき私は「6年間とは何て長いものか」と3、4年生のときも、小学校を卒業した後も感じたが、70歳になったいま、これからの6年くらいは数えるうちに…

茂木健一郎 『脳と仮想』(新潮社)2/2

脳科学にとって、「意識」の存在は確実なことではないらしい p204‐6 近代科学のもとでの世界観は、私たちの身体が存在し、脳が存在し、目の前のコップが存在し、庭の木が存在し、地球が存在し、太陽が存在し、それらが方程式で記述できる自然法則で変化して…

茂木健一郎 『脳と仮想』(新潮社)1/2

科学はクオリアを、研究対象にしたくてもできなかった p20-5 赤い色の感覚、水の冷たさの感じ、そこはかとない不安、たおやかな予感。私たちの心の中には、数量化することのできない、微妙で切実なクオリアが満ちている。私たちの経験がさまざまなクオリア…

高橋和巳 『憂鬱なる党派』(新潮文庫)2/2

この小説は、『憂鬱なる党派』という題名にふさわしく、読んでいて本当に憂鬱になる。西村という主人公と6、7人の友人たちが登場するが、彼らは全員が京都大学出身の学生運動家だった。そして、アメリカに逃避して心理学者になる青戸とマスメディアに就職…

高橋和巳 『憂鬱なる党派』(新潮文庫)1/2

1965年、著者34歳のときの作。1962年『悲の器』で登場し、63年『散華』、64年『我が心は石にあらず』、65年『邪宗門』と『憂鬱なる党派』を書いた。71年に直腸がんで亡くなるから作家として活動は10年にすぎないが、倒れるまでの創作意…

大岡昇平 『俘虜記』(新潮文庫)2/2

原爆投下の是非に関してブログ筆者はこう考える。1945年7月26日、連合国はポツダム宣言を発し、日本の無条件降伏を求めてきた。昭和天皇がどう扱われるか、つまり国体は護持されるのか、それだけを天皇と軍首脳は悩みぬいた。何度となく開かれた御前…

孫崎 享 『戦後史の正体』(創元社)2/2

p168-9 アメリカは北方領土を解決不能なように放置した 鳩山政権はソ連との国交回復に邁進しました。ここで一番重要になってくる問題が、皆さんよくご存じの北方領土問題です。そこには現在でも一般の日本人がほとんど知らない事実があります。 読者の皆さ…

孫崎 享 『戦後史の正体』(創元社)1/2

著者は外務省でイラン大使、国際情報局長などを経た後、2009年まで防衛大学校教授を務めた人。外務省時代、一貫して対米自主路線を鮮明に打ちだし、圧倒的多数派を占める対米追随派に囲まれて冷飯を食わされるときも長かったようだ。 戦後史の正体というタイ…

大岡昇平 『俘虜記』(新潮文庫)1/2

軍需工場サラリーマンにしてスタンダール研究者だった大岡昇平一等兵は昭和20年1月、36歳のときにフィリピン・ミンドロ島で米軍捕虜になった。ミンドロ島は日本軍による捕虜虐待事件「バターン死の行進」で有名なルソン島バターン地方にある。 極度の疲…

ジョン・ダワー 『アメリカ 暴力の世紀』(岩波書店)2/2

p116-7 独善的な人間は相手の心理を正確におし測ることができない。それは個人でも軍隊の官僚組織でも同じである。1961年から68年まで国防長官を務めたロバート・マクマナラは、そのあと何十年もたって、2003年、ベトナム戦争敗北の原因について初めて簡潔…

ジョン・ダワー 『アメリカ 暴力の世紀』(岩波書店)1/2

THE VIOLENT AMERICAN CENTURY というのがこの本の原題である。直訳すれば『暴力的なアメリカの世紀』。日本の読者がこの邦題を目にするとき、これではあまりにアメリカに対して侮蔑的に映ることを慮って『アメリカ 暴力の世紀』としたと、訳者が冒頭に付言…

多田富雄 『免疫の意味論』(青土社)2/2

p209-10 がん細胞は免疫系から逃走する がん細胞に対してT細胞による免疫反応開始の引き金を引くのは決して容易ではない。がんはもともと自己から発生したものである。だからがんに対する免疫反応は、それが簡単には起こることがないように、前提条件が二重…