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村上春樹 『1973年のピンボール』(講談社文庫)

連合赤軍が警察機動隊に踏みつぶされた浅間山荘事件は1972年のことだった。その前から学生の全共闘各派は内ゲバを繰り返して衰退し、一般市民の共感を完全に失っていた。そして日本封建制の優性遺伝子を持つ彼らは、戦中の学徒動員を真似て雨中の大行進を東…

村上春樹 『遠い太鼓』(講談社文庫)

村上春樹は40歳前、初期のベストセラー『ノルウェイの森』と『ダンス・ダンス・ダンス』をヨーロッパで書いたらしい。二つの作品はおもにイタリアで書いたということだが、原稿を書きながらときどき近隣の国や地方を旅したり、執筆用に借りた家の付近で泳…

池澤夏樹 『切符をなくして』(角川文庫)

よくできた童話であるといっていい。小学校高学年以上には読めるだろう。ネタバレになるからストーリー紹介はよすが、終わりのほうに死とは何かを子供に説明する面白い場面がある。 「人の心はね、小さな心の集まりからできているの。その小さな心をとりあえ…

村上春樹 『ラオスにいったい何があるというんですか?』(文芸春秋)

p169-70 p251 本書のタイトルの「ラオスにいったい何があるというんですか?」は、僕が「これからラオスに行く」と言ったときに、中継地のハノイで、あるヴェトナム人から僕に向かって発せられた言葉です。ヴェトナムにない、いったい何がラオスにあると…

池澤夏樹 『やがてヒトに与えられた時が満ちて…』(角川文庫)2/2

『やがてヒトに与えられた時が満ちて…』 出色の思弁的SFである。若い時から終末論に興味を惹かれてきたという池澤の、大学で専攻した物理学の知識が、彼本来の透きとおったロマンティシズムと論理的で平明な文章力の中に活かされている。表題はヒトという…

池澤夏樹 『やがてヒトに与えられた時が満ちて…』(角川文庫)1/2

短篇『星空とメランコリア』と中篇『やがてヒトに与えられた時が満ちて…』の2作を収録する。 『星空とメランコリア』は1977年に打ち上げられたボイジャー1号・2号と、ボイジャーが運んだCDを「読んだ」<知的生命体>に向けて書かれたメランコリック・サイ…

ジョン・ホーガン 『科学の終焉(おわり)』(徳間書店)

A5判、本文だけで400ページ、丁寧な索引まで入れれば500ページ近いこの本には、進歩の終焉、哲学の終焉、物理学の終焉から始まって宇宙論、進化論生物学、神経科学、カオス科学、リミトロジー、科学的神学など現代を特徴づける様々な科学が終焉(おわ…

池澤夏樹 『花を運ぶ妹』(文春文庫)2/2

それにしてもドイツ女インゲボルグのヘロインへの誘いは迫力がある。 以下、少し長いが抜き書きする。 p243-6 インゲボルグ「哲郎のバリの花の絵はいいわ。でもそれはすぐに萎れる花を描いているからいいのではない。その花の後ろに、一輪の花を超えた永遠…

池澤夏樹 『花を運ぶ妹』(文春文庫)1/2

秀作小説。『アトミックボックス』、『マシアス・ギリの失脚』、『スティル・ライフ』、『夏の朝の成層圏』、『真昼のプリニウス』、『静かな大地』、『すばらしい新世界』、『光の指で触れよ』、『氷山の南』』、『南の島のティオ』と、発表年に関係なくラ…

山本義隆 『近代日本一五〇年』(岩波新書)3/3

第5章 戦時下の科学技術 国民健康保険の改革、食糧管理制度は戦中の国民総動員体制のなかで作られた。 その冷徹で合理的な政策は、アメリカ軍の占領政策にも引き継がれた。 p175 軍部上層部は、日中戦争から太平洋戦争にいたる時期の国民総動員体制のなか…

山本義隆 『近代日本一五〇年』(岩波新書)2/3

第3章 帝国主義と科学 初代文部大臣・森有礼はなかば以上本気で、日本語の廃止・英語の採用と 米国子女との結婚による人種改良、を考えていた。 p90-3 黒船によって象徴された西欧文明の軍事的優越性は、同時に、西欧文明の知的優位性を押しつけるものだっ…

山本義隆 『近代日本一五〇年』(岩波新書)1/3

近代科学史の名著『磁力と重力の発見』(全3巻・みすず書房)を2003年に上梓した著者が、明治以来の日本の近代史を科学技術興隆史の視点から総浚いしたもの。『磁力と重力の発見』は物理学の鍵概念である「力の遠隔作用」が、西欧においてどのように「発見」…

木村敏 『異常の構造』(講談社現代新書)

「異常者」の目印は「常識」の欠落 p93-5 ごくありふれた精神分裂病の患者では、「常識の欠落」は患者自身によって経験されるよりも、周囲の人物に奇異の念をいだかせるような「他覚的症状」としてあらわれてくる。 小さい時から親に口答えひとつしない、す…

H・グリーン 『手のことば』(みすず書房)

この本を読むと、私たちが聾者の世界というものをほとんど想像できないままでいることがよく分かる。 聾ということはただ耳が聞こえないということではない。耳が聞こえないということは言葉がない世界にいるということである。手話ができれば言葉があるでは…

オリヴァー・サックス他 『消された科学史』(みすず書房)

この本には以下に抜き書きしたダニエル・ケヴレス『がんとウィルスと勇気ある追跡の歴史』のほかにも、スティーブン・グールド『進化観を歪める図像』、オリヴァー・サックス『科学史における忘却と無視』のほか、環境や遺伝子、意識と無意識の相互関係とい…

養老孟司 『考えるヒト』(ちくま文庫)

主著『唯脳論』の続編ともいえる難しい内容を持つ。養老さん自身が自分の一生のテーマであると言っている「意識」について、専門性と総合性をともに備えた、深くて広い思考の先端部分が示されている。 ただし、いつもの養老さんのように、この本でもアタマの…

トーマス・マン 『ブッデンブローグ家の人々』(岩波文庫)

トーマス・マンが最初に書いた長編小説。「ある家族の没落」という副題が付いている。18世紀から19世紀にかけて、名門実業家が興隆しその頂点で没落をはじめる典型例が重厚に悲劇的に描かれている。20世紀の初頭に初版が発行されたが、本国ドイツはもちろん…

丸山真男 『日本における危機の特性』ー丸山真男座談3 (岩波書店)

1959年に筑摩書房の『講座 現代倫理』で、丸山の他に中村光夫、鶴見俊輔、竹内好、石母田正などが開いた座談会の記録。政治的、社会的危機状況に対する日本人とヨーロッパ人の態度の違いについて、鶴見俊輔が自分の留置場での経験を踏まえて印象深く語ってい…

丸山真男 『民主主義の後退を憂う』ー丸山真男座談3 (岩波書店)

1958年、大内兵衛・元法政大総長、南原繁・元東大総長という丸山の大恩師二人との気軽な対談。大先生二人に丸山が皮肉られおだてられる和やかな内容だが、途中には正田美智子と皇太子との「世紀の結婚」報道をめぐるシリアスなマスコミ批判もある。 現天皇と…

国分 拓 『ノモレ』(新潮社)

NHKドキュメンタリー番組『大アマゾン 最後の秘境』のナレーション原稿を書籍化したもの。 舞台は大アマゾン川の上流、ペルーアマゾンの大きな支流域に広がる世界最大の熱帯密林地帯。多くの部族に枝分かれした先住民たちが、自分たちを馴化しようとしている…

ユヴァル・ノア・ハラリ 『ホモ・デウス』(河出書房新社)2/2

p242-3 今後、途方もない量のデータ処理を前にして サピエンスは人工知能に卑屈な態度を取らずに済むか 21世紀の経済にとって最も重要な疑問はおそらく、ほとんどなんでも人より上手にこなす、知能が高くて意識を持たないアルゴリズムが登場した場合、膨…

ユヴァル・ノア・ハラリ 『ホモ・デウス』(河出書房新社)1/2

世界的ベストセラーになった『サピエンス全史』の続編。前作では、われわれホモ・サピエンスが自分を取り巻く世界の頂点に立ったいきさつを、わずか上下2巻500ページのなかに息づまるようなロジックをもって描き切っていた。きっかけとなったのは、進化…

R・リーキー 『ヒトはどうして人間になったか』(岩波現代選書)2/2

第7章 最初の豊かな社会 200万年くらい前の初期人類は、日常口にする食糧としては植物、卵、はちみつ、シロアリ、アリ、穴住性小動物など、今のチンパンジーとよく似たメニューを持っていた。チンパンジーと違うのは、初期人類は毎日の組織的食糧調達の最中…

R・リーキー 『ヒトはどうして人間になったか』(岩波現代選書)1/2

著者リチャード・リーキーは1972年に東アフリカ・トゥルカナ湖畔でホモ・ハビリス(ハビリスとは「器用な人」の意味)の化石を発見したルイス・リーキーとメアリー・リーキー夫妻の二男。人類最古の時代についての両親のいくつかの大発見をもとに、そこに自…

養老孟司・茂木健一郎 『スルメをみてイカがわかるか!』(角川新書21)

例えば絆(きずな)という言葉がある。広辞苑の少し古い(第4)版には、第一義として<動物を繋ぎとめる綱>とあり、第二義として<離れがたい情実、ほだし、係累>とある。しかし21世紀に入って以降は第一義の意味で使うことはほとんどなくなり、とくに…

杉浦明平 『小説渡辺崋山』(朝日新聞社)

私たちが「渡辺崋山」に対して持っている高校生の受験日本史的な知識はどのあたりが平均点だろうか。江戸後期の武士であり有名な画家だったが、晩年は高野長英らとともにヨーロッパ列強との融和・通商の必要を説いた。しかしその開明性が幕府保守派の怒りに…

アラン・シリトー 『土曜の夜と日曜の朝』(新潮文庫)

いわゆる悪党(ピカレスク)ロマン。しかし主人公アーサーは悪党ではあるが犯罪者ではない。第二次大戦終わって間もないのに今度はアメリカとソ連が怪しくなる。モスクワに水爆が落とされてなにもかもおさらばになっちゃかなわない。その前にしがない人生を…

ロバート・ゴダード 『千尋の闇』(創元社推理文庫)

2週間前の本ブログでぼくは本作はすでに紹介済みだとしていた。ところがこれは勘違いだった。 本作はイギリス中上流階級の3世代にわたる陰謀と裏切りの複雑きわまりないミステリー。20世紀初頭に南アフリカで起きた重婚詐欺が数年のちの内務大臣(A)の更迭…

ウィングフィールド 『フロスト始末』 創元推理文庫

6作品、9巻にわたって楽しませてくれたウィングフィールドの遺作である。上下巻あわせて約900ページ。これまでの作品と同じように、この『フロスト始末』 にも数々の変態的な犯罪が、読者がその場を目撃しているかのような迫真の描写力で描かれている。…

ロバート・ゴダード 『蒼穹のかなたへ』 文春文庫

これまで僕が読んだロバート・ゴダードは、デュ・モーリア『レベッカ』をさらに不気味にしたような超傑作『リオノーラの肖像』、著名な経済名士家系を翻弄する詐欺師の天才ぶりに読者が唖然としてしまう『欺きの家』、実名で動き回るロイド・ジョージやチャ…