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夏目漱石

夏目漱石講演集 『社会と自分』(ちくま学芸文庫)2/2

文芸の哲学的基礎 『猫』で(懸命に吠えるチンのくしゃみほどにも、その意見は世間に影響を与えない)珍野苦沙弥という警世家大先生を発明した漱石が、時間とか空間とか厄介極まりないものについて喋り散らしたもの。未来の理学博士「寒月君」として『猫』に…

夏目漱石講演集 『社会と自分』(ちくま学芸文庫)1/2

漱石が、自分がした講演の中でこれと思うものをいくつか自選したものである。漱石を知るのに重要な『現代日本の開化』、『中身と形式』、『文芸と道徳』、『私の個人主義』の四篇は、岩波文庫『漱石文明論集』にも収められている。 ゲラゲラ笑ったところだけ…

夏目漱石 『明暗』 (角川文庫)3/3

p64-98 津田と妹のお秀が、カネとお延の態度のことで兄弟喧嘩をする。そのあと、小林という旧知のインテリやくざ男が小遣いせびりかたがた津田を見舞いに来る。その小林から、お秀が吉川夫人を訪ねてカネの工面やお延の態度のことなどを相談したこと、それ…

夏目漱石 『明暗』(角川文庫)2/3

p239 津田の妻お延の眼には、父に頼まれて漢籍を返しに行った時に初めて会った津田の顔がちらちらした。そのときの津田は今の彼と別人ではなかった。といって、今の彼と同人でもなかった。平たく云えば、同じ人が変わったのであった。最初無関心に見えた彼…

夏目漱石 『明暗』(角川文庫)1/3

初めて読んで、ひどく胃を悪くする心理描写に驚いたのは学生時代の終わりごろだったろうか。いま二回目。再読しても、自分の若かったときの場面に出合わせて読めばとてもつらい文章が何十回も出てくるのは同じである。 上巻 p30 「自分は上司・吉川と特別の…

夏目漱石 『吾輩は猫である』(岩波文庫)2/2

『吾輩は猫である』には、刊行一世紀後の日本社会の家族崩壊と結婚生活の破綻を、迷亭が詳細に「予言」した箇所がある。数十年前、下宿で読んだときはまったく気がつかなかった、というか、家族とか生活というものの実感がなかったのだろう。脚注を書いた斉…

夏目漱石 『吾輩は猫である』(岩波文庫)1/2

言わずと知れたデビュー作。たった四九歳での絶筆『明暗』よりは少し短いが、漱石全作品中二番目の長編であり、少し小さい活字を使いながらも五○○ページを超える大作である。トルストイ『戦争と平和』やゲーテ『ウィルヘルム・マイスター』といった説教本な…

夏目漱石 『三四郎』(新潮文庫)

夏目漱石の作品で読んだものをあげろと言われれば、多くの人は『坊ちゃん』、『猫』、『草枕』、『三四郎』といった順番で答えるだろう。なぜだろう。『猫』はともかく、『坊ちゃん』と『三四郎』は主人公が未来ある青年なので、近代日本の青春小説の古典と…

夏目漱石 「こころ」(岩波文庫)2/2

「世の中には、否応なしに自分の好いた女を嫁に貰って、嬉しがっている人もありますが、それは愛の心理がよく飲み込めない鈍物のすることと、当時の私は考えていました。つまり私はKに比べて、きわめて高尚な愛の理論家だったのです。(p223) 「ある日、…

夏目漱石 「こころ」(岩波文庫)1/2

疑心は、心中に鬼の跋扈を許す利己系の感情である。しかし、ひとがさまざまな人間関係の葛藤の中にあって、自分の立ち位置を決めかねるとき、とりあえずの足がかりを見つけるのに役に立つ感情でもある。相手の優位(らしい)ポイントとそれに対応した自分の…

夏目漱石 「野分」(新潮文庫)

「野分」とは初冬の寒風に吹かれる主人公白井道也の精神の象徴らしい。年譜としていえば『虞美人草』の前に書かれた作品。「世は名門を謳歌する、世は富豪を謳歌する、世は博士、学士までをも謳歌する。しかし公正な人格に逢うて、地位を無にし、金銭を無に…

夏目漱石 「文鳥・夢十夜」(新潮文庫)

思い出すことなど 『文鳥』には、いわゆる修善寺大患ののち、東京の胃腸病院で一応の回復をみてから、修善寺体験の意味が執拗に分析されている。 p216−7 われわれの意識には敷居のような境界線があって、その線の下は暗く、その線の上は明らかであるとは現…

夏目漱石 「文学論」上(岩波文庫)

p24-27 ロンドン留学から帰国し東大講師となった後、『猫』、『坊ちゃん』、『草枕』などで文名を上げても、漱石は鬱々と暗かった。『文学論』の『序』は怒りに満ちて悲痛である。 倫敦に住み暮らしたる二年はもっとも不愉快の二年なり。余は英国紳士の間に…

夏目漱石 「硝子戸の中」(岩波文庫)

p18 「秋風の聞えぬ土地に埋めてやりぬ」 漱石の飼っていた犬・ヘクトーの墓碑だ。ヘクトーはもちろんホメロスの『イーリアス』中、アキレスと戦って無残に殺されたトロイの英雄である。犬の墓碑銘をどのようにするかは、犬を飼わない人には理解の外にある…

夏目漱石 「文学評論」(岩波文庫)下巻 2

p153 哲学問題を詩にしようとしたアレキサンダー・ポープの遣り口は、生で食うべき蜜柑をゆで、味噌をつけて食わせるようなもので、まずいと言えば「他のものが遣ればなおまずかろう、オレだからまだこのくらいに料理が出来たんだ」と威張っているようなも…

夏目漱石 「文学評論」(岩波文庫)下巻 1

p20 徳川時代の滑稽物を諷刺と解釈する人もいるが、私にはそうは思えない。真昼間に提灯をつけて歩くのは、世の中の暗黒な所を諷した皮肉と取れば取れないこともあるまいが、一方から言えば、鬘をつけて花見をするのと同じ気楽さとも言える。花見の趣向など…

夏目漱石 「文学評論」(岩波文庫)上巻 2

p191 レスリー・スチーブン「十八世紀における英国文学および社会」 十八世紀初頭スウィフト、ポープ、アジソン、スチール等、文学機関を組織したものは(自分たち富裕国民が主人であるという、歴史上初めて登場した)国家を未曾有の重要な地位に据えた。そ…

夏目漱石 「文学評論」(岩波文庫)上巻 1

p28 創作に失敗した者ばかりが批評家になるということは事実ではない。馬に乗りそこなった者ばかりが自転車に乗るといわれたとて、自転車乗りが面目を落とすことはないはずである。 小林秀雄の東大時代の創作は読むに耐えないが、小林の例えば一連の『ドス…

夏目漱石 「坑夫」(岩波文庫)

p69 いい身分の親を持った自分が窮して坑夫になるという切羽詰まった時でさえ、自分は赤毛布一枚の浮浪者よりは上に見られたいという虚栄心を持っていた。泥棒に義理があったり、乞食に礼式があるのも全くこの格なんだろう。 p70 世間が、心は固形体だから…

漱石文明論集 2(岩波文庫)

「私の個人主義」 p132 いくら私が汚辱を感ずるようなことに出会っても、助力を頼みたい相手の気が進まないうちは、決して助力を頼めない、そこが個人主義の淋しさです。個人主義は人を目標として向背を決する前に、まず理非を明らかにして去就を定めるのだ…

漱石文明論集 1(岩波文庫)

漱石の「思想」を理解するうえでもっとも重要とされる文明評論。「吾人(われわれ)の幸福は野蛮時代とそう変わりはなさそうである」ことについて、いま日本の誰がこれだけ上等の日本語を操れるだろう。漱石が聴衆を大笑いさせる演説の上手とは知らなかった…

夏目漱石 「彼岸過迄」

p48 敬太郎は、友人須永の母親のすべっこいくせにアクセントの強い言葉で、舌触りのいい愛嬌をふりかけてくれる折などは、昔から重詰めにして蔵の二階へ仕舞っておいたものを今取り出してきたという風に、出来合い以上の旨さがあるので、紋切り型とは無論思…

夏目漱石 「門」

作品史には詳しくないが、平凡な出来。「山門を開けて入れる人ではなく、また門を通らないで、その前をただ行過ぎる人でもなかった。要するに、門の下に立ち竦んで、日の暮れるのを待つべき不幸な人であった(巻末p281)」主人公・宗助はいかにも煮えきらず…

夏目漱石 「倫敦塔」「幻影の盾」 

倫敦塔 ロンドン塔にはイングランド王とスコットランド王の親戚同士の殺し合いなど、イギリス歴史の暗部が煎じ詰められている。その悲惨な物語が、漱石が数少ない真率な敬意を捧げていたシェイクスピア劇を織り交ぜながら、半小説風に紹介されている。 新潟…

夏目漱石 「一夜」「趣味の遺伝」

「一夜」 二人の男と一人の美しい女が旅館か料亭の一室で、何か妖しい話をする妖しい掌編である。漱石が自分で云っている。「なぜ三人が落ち合った?それは知らぬ。なぜ三人とも一時に寝た?三人とも一時に眠くなったからである。三人の事件がなぜ発展せぬ?…

夏目漱石 「虞美人草」

p99 御機嫌に逆らったときは、必ず人を以て詫びを入れるのが世間である。女王の逆鱗は鍋、釜、味噌漉しのお供物では直せない。針鼠は撫でれば撫でるほど針を立てる。役にも立たぬ五重塔を腫れ物のように話の中に安置しなければならぬ。帝大卒の銀時計の手際…

夏目漱石 「草枕」

p58 蚤の国が厭になったって、蚊の国へ引越しちゃ、何にもなりません。 漱石はやはり大家である。猫、坊ちゃんから草枕のころまで、いったん書き始めたらほとんど書き損じて渋滞することはなかったらしい。昼も夜もあふれ出る楽想に悩み、収拾をつけるため…