アクセス数:アクセスカウンター

池澤夏樹

池澤夏樹 双頭の船 新潮文庫

11年3月11日の震災後。被災地で実際あったかどうかはわからない出来事を描いた半ユートピア?小説。 地震の後、ある港に数百トンのフェリーがほぼ無傷で残った。そのなかに数十戸の、陸地に作ったミニ仮設より少しはましな仮設住宅が作られ、人々が震災…

池澤夏樹 きみのためのバラ 新潮文庫

三十ページほどの短編が八篇収められている。三篇目の『連夜』が面白かった。総合病院の内科医ノリコ先生と、院内各部署に医薬品などを届けるアルバイトの斎藤くんだけが登場人物。 もともと二人は何の関係もない人間だった。ある日その斎藤くんがノリコ先生…

池澤夏樹 『世界文学を読みほどく』 第十四回 総括

p392・402-3 私たちの世界観には、大きく分けて二つの種類があります。一つは、世界は樹木状の分類項目に従う、つまりディレクトリのある、例えば動物・植物の分類表のような形をしているという考え方。いくつかの大きなカテゴリーがあって、その下にまたい…

池澤夏樹 『世界文学を読みほどく』  第九回 フォークナー『アブサロム、アブサロム!』

「銃社会」アメリカの起源 p267-8 かつてのアメリカの場合、町を造るとすると、西部劇で見るように、その町は大平原の真ん中に造られて、独立あるいは孤立して存在します。周囲との関係が非常に薄い。すべて自立、自治でやらなければいけない。 ということ…

池澤夏樹 『世界文学を読みほどく』 第五回 ドストエフスキー『カラマーゾフの兄弟』(新潮選書)

池澤夏樹は京都大学の依頼で2004年9月15日から一週間、「世界文学を読みほどく」という特殊講義を行った。実際に創作活動をしている人が語ると、ふだんの講義の中で大学の教員たちが語る文学の読み方とは違う掘り下げ方をしてくれるのではないかという、大学…

池澤夏樹 『切符をなくして』(角川文庫)

よくできた童話であるといっていい。小学校高学年以上には読めるだろう。ネタバレになるからストーリー紹介はよすが、終わりのほうに死とは何かを子供に説明する面白い場面がある。 「人の心はね、小さな心の集まりからできているの。その小さな心をとりあえ…

池澤夏樹 『やがてヒトに与えられた時が満ちて…』(角川文庫)2/2

『やがてヒトに与えられた時が満ちて…』 出色の思弁的SFである。若い時から終末論に興味を惹かれてきたという池澤の、大学で専攻した物理学の知識が、彼本来の透きとおったロマンティシズムと論理的で平明な文章力の中に活かされている。表題はヒトという…

池澤夏樹 『やがてヒトに与えられた時が満ちて…』(角川文庫)1/2

短篇『星空とメランコリア』と中篇『やがてヒトに与えられた時が満ちて…』の2作を収録する。 『星空とメランコリア』は1977年に打ち上げられたボイジャー1号・2号と、ボイジャーが運んだCDを「読んだ」<知的生命体>に向けて書かれたメランコリック・サイ…

池澤夏樹 『花を運ぶ妹』(文春文庫)2/2

それにしてもドイツ女インゲボルグのヘロインへの誘いは迫力がある。 以下、少し長いが抜き書きする。 p243-6 インゲボルグ「哲郎のバリの花の絵はいいわ。でもそれはすぐに萎れる花を描いているからいいのではない。その花の後ろに、一輪の花を超えた永遠…

池澤夏樹 『花を運ぶ妹』(文春文庫)1/2

秀作小説。『アトミックボックス』、『マシアス・ギリの失脚』、『スティル・ライフ』、『夏の朝の成層圏』、『真昼のプリニウス』、『静かな大地』、『すばらしい新世界』、『光の指で触れよ』、『氷山の南』』、『南の島のティオ』と、発表年に関係なくラ…

池澤夏樹 『氷山の南』(文春文庫)

南極大陸から海へせり出した1億トンの巨大な氷山をオーストラリアまで曳航しようとする「冒険小説」。南極海で氷山を探す探査船の名はシンディバード。アラビアンナイトに出てくる船乗りシンドバッドのアラビア名だ。 読み始めたとき、1億トンの巨大な氷山…

池澤夏樹 『光の指で触れよ』(中公文庫)

2011年の作品。2015年アマゾンで買ったのだが届いたのはまだ初版だった。著者にしては不人気の作品なのだろう。 著者はこの作品で未成年の子供を持つ夫婦の家庭内の役割のあり方という、解決しようのないことというか、保守派の私から見ればそんなことは問題…

池澤夏樹 『すばらしい新世界』

ネパールの奥地にあるナムリンという2、30戸の小さな農村。そこに日本人技術者が数キロワットの小規模風力発電設備を作りに出かけるという物語。日本の家族論とそれを大きく包む日本的資本主義論にもほんの少し触れている。 ヒマラヤ大山脈のふもとにあるナ…

池澤夏樹 『静かな大地』(朝日文庫)

日本の中世以来、アイヌは北へ北へと追いやられた。江戸時代には、アイヌは松前藩という北海道での産物徴収権だけを持つ不思議な藩に収奪しつくされ、飢餓と貧困の淵に追いやられていた。 明治になると、黒田清隆が北海道開拓使となって以来、事態はいっそう…

池澤夏樹編集 『日本語のために』(河出書房新社)4/4

p432-5 永川玲二 『意味とひびき』 幕末から明治にかけて日本の知識階級はまことに多彩な、ぜいたくな言語生活をしていた。彼らは何種類もの文体を、場合により必要に応じてみごとに使い分ける。手紙ひとつ書くにも、たとえば女が相手なら 「一ふでまゐらせ…

池澤夏樹編集 『日本語のために』(河出書房新社)3/4

福田恒存 『私の国語教室』 第二次大戦敗戦直後に文部省は「国語改革」を行った。かなづかいを話し言葉の発音に合わせることと、漢字の使用制限および略字化の二つを柱とする大幅な表記法の「上からの改革」だった。わたしたちは今すっかりその「指導方針」…

池澤夏樹編集 『日本語のために』(河出書房新社)2/4

p255-7 小松英雄 『いろはうた』 いろはにほへと ちりぬるを わかよたれそ つねならむ うゐのおくやま けふこえて あさきゆめみし ゑひもせす 日本人なら知らぬ人はまずないと思われる「いろはうた」は、これが作られた平安時代の日本語音韻全48文字のう…

池澤夏樹編集 『日本語のために』(河出書房新社)1/4

池澤夏樹の個人編集になる「日本文学全集」の最終巻。 古代から現代まで、アイヌ語から沖縄方言までさまざまなジャンルの作品の抜粋と、いろいろな角度からの日本語についての考察が収められている。日本文学全集の一冊としては非常に変った中身がつまった本…

池澤夏樹 『真昼のプリニウス』(中公文庫)

池澤夏樹の小説にはいろいろな題材が出てくる。池澤はもともとが理工系の人で、しかも詩人として出発したのだから、地球や宇宙やいわゆる自然と人のかかわりを情感豊かに書かせたら、この人の右に出る作家は日本では少ない。この小説では、浅間山の噴火予測…

[池澤夏樹 『夏の朝の成層圏』(中公文庫)

池澤夏樹39歳のときの、小説家としてのデビュー作。作品の大きな枠組みだけをあの『ロビンソン・クルーソー』から丸々拝借した、見事な作りの、柄の大きな話だ。熱帯の美しい自然と失われた民俗誌描写のなかに、ハリウッドの人間模様、ニューヨークの豪華な…

池澤夏樹 『スティル・ライフ』(中公文庫)

静物画のことを英語で「スティル・ライフ」というそうだ。 ふつうは地上の映像、動画としてとらえられる日常生活。その「地下室的」部分を、詩人・池澤夏樹が顕微鏡的あるいは望遠鏡的静物画としてとらえてみた作品だ。文壇の作品賞にあまり詳しいわけではな…

池澤夏樹 『マシアス・ギリの失脚』(新潮文庫)

去年古希を迎えた池澤夏樹の初期の傑作長編。文庫で600ページを超える。谷崎賞を受けている。 舞台は南太平洋のナビダード民主共和国。いろいろな記述から、フィリピン・ミンダナオ島の東約800キロ、ニューギニア島の北約1000キロのパラオ・ペリリュー諸島に…

池澤夏樹 『アトミックボックス』(毎日新聞社)

1980年代の半ば、自民党の大物が主導し三菱、日立、東芝などが参画した国家機密の原子爆弾開発プロジェクトがあった。原爆実物をつくろうというのではないが、爆縮レンズや起爆剤の精密雷管など主要部品の設計を完成しておき、原発内に蓄積されつつあるプル…

池澤夏樹 『きみが住む星』(文化出版局)

旅行先での二十三枚の美しい風景写真と、それぞれの写真に一通ずつのラブレターを重ねて綴った散文詩集。池澤の多才ぶりがみずみずしく伝わってくる。 空港できみの手を握って別れた後、飛行機に乗った時、 離陸して高く高く上がり、群青の成層圏の空を見た…