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獅子文六 『断髪女中』 ちくま文庫

短編集。目立ったものはないが、ひどいものもない。それにしても読んだそばから、どんな話だったか忘れて、読み終わって数日しかたっていないのに何にも覚えていない僕のアタマはどうなっているのか。 学生のとき小林秀雄のようなものばかり読んできたから、…

獅子文六 『悦ちゃん』 ちくま文庫

なかなかの名品。作者らしくストーリーはどこまでもシンプル。1時間に70頁は読める。それでいて読者を飽きさせず、むりなくハッピーエンドに持ち込んでいく。以下は解説の一部をそのまま引く。 「主人公悦ちゃんと碌さんを取り巻く人々が魅力的だ。碌さん…

高村 薫 『神の火』  新潮文庫

若狭湾の原発に対して「北」からのテロ攻撃が計画されているという話。 かつて原発技術者だった主人公・島田が、CIA、北朝鮮、KGBそして我が国の原子力規制機構などの激しい諜報戦に巻き込まれる。 話の基本は面白いのだが、上巻を読んだ限りではメインスト…

獅子文六 『金色青春譜』 ちくま文庫

獅子文六の初期小説集。『金色青春譜』と『浮世酒場』、『楽天公子』が入っている。獅子文六が新聞小説家として独り立ちする契機となった3作である。 『金色青春譜』は尾崎紅葉の『金色夜叉』、『浮世酒場』は式亭三馬の『浮世風呂』などの戯作が下敷きにな…

江藤淳 『夏目漱石』 新潮社

江藤淳の代表作。在学中に一度読んでいる。近代日本文学史上の漱石に位置づけについて、有名な「則天去私」を中心に、彼の低音部が詳細に記されている。 『門』、『行人』、『こころ』、『道草』、『明暗』といった作品論が並べられた第二部でも則天去私への…

獅子文六 『ロボッチイヌ』 ちくま文庫

短編集。全体の表題作「ロボッチイヌ」は出色の出来。ロボッチイヌとは成熟した女性のあらゆる体徴をそっくりそのままに備えた人工売女。本物女性の体温、皮膚の湿り気、柔軟性、香気までを備えている。貞女型、娼婦型、乙女型、年増型、オバサマ型があり、…

青山光二 われらが風狂の師  新潮文庫

時代は太平洋戦争が終わってすぐの頃。主人公・土岐数馬は三高理科を卒業後、文学部哲学科に進路変更し、西田幾多郎の門下で、とくに宗教哲学の分野で芽を出しつつある優秀な哲学の徒。三高教授と京大講師を掛け持ちしている。 そんな彼のところに東大寺塔頭…

長谷川 宏 『丸山眞男をどう読むか』 講談社現代新書

非常に読みにくい。文章途中や段落が変わるときの接続語を足したり引いたりしながら何とか七割ほどは読めたが、政治思想史に詳しくない読書家が読んだら、激しい反感を買ったのではないか。 私が気に入っている福沢諭吉に関連した章があったので、そこだけ書…

村上春樹 『1Q84』 (新潮社)

12年ぶりの再読。前回読んだときはプルースト『失われた時を求めて 』をまだ読んでいなかった。だから以下のようなことは言えなかった。それは、『1Q84』は村上春樹ならではの、とても分かりやすい、端正な文体で書いた『失われた時を求めて』ではないかとい…

村上春樹 『海辺のカフカ』(新潮社)

15歳の少年が不思議な世界を自分で遍歴しながら心の成長を遂げていく物語。ギリシャ悲劇のエディプス王の物語が一番の下敷きになっている。 2002年の発行年に一度読んでいるが、20年ぶりに読んだ今回はだいぶ印象が違った。前回は全体を強いセンチメンタリズ…

宇佐美まこと 『少女たちは夜歩く』

愛媛県の松山市には、街の中心部に元領主・蒲生氏の居城が残っている。標高132メートルの土地に三層の天守を持ち、高層ビルの少ない地方都市のどこからでもこの城山を見ることができる。この城山のなかで、もしくは周辺の住宅地域で起きる怪異な出来事を十篇…

宮部みゆき 『ソロモンの偽証』(新潮文庫)

なんとトルストイ『戦争と平和』よりも長い学園内法廷ドラマ。6巻もあるが、『戦争と平和』よりも格段に読ませる。『モンテ・クリスト伯』のような勧善懲悪的予定調和のばかばかしさもない。 ある中学校でクリスマスの朝、一人の2年生の無残な校舎屋上から…

宮部みゆき 『我らが隣人の犯罪』(文春文庫)

短編集。表題作は『オール読物』推理小説新人賞受賞作。 父親以外の男性から精子を提供されて生まれた少年が物語を支えている。タウンハウスの隣家に、散歩に行けないストレスでわめきまくるチンを飼い、脱税をしまくっている夫婦がいるのだが、少年とその叔…

高村 薫 『地を這う虫』(文春文庫)

文庫版で50ページほどの小編を集めた短編集。地を這う虫とは、刑事を自分で退職しながら現在も昔とよく似た仕事をしている男のことである。 刑事とよく似た仕事とは、第1篇『愁訴の花』では警備会社の社員研修担当者、第2編『巡り逢う人びと』ではサラ金会社…

高村 薫 『太陽を曳く馬』 (新潮社)

オウムも含めて仏教の広大な宇宙観と人間論を真正面から扱った哲学小説。日本でこんな小説は一度も書かれなかったのではないか。何冊か井筒俊彦を読んでいたおかげで、下巻66頁「言語以前の、意味以前の、絶対無分節から、私たちのふだん生きている名称のあ…

恩田 陸 『夜のピクニック』(新潮文庫)

TVの連ドラ化や映画化がとてもしやすい高校生学園ドラマ。 舞台は2日間にわたる全校12クラスが参加する耐久歩行レース。1日目はクラスごとに、途中小休憩を取りながら、40キロ先の折り返し地点までを歩く。そこでたった2時間の仮眠休憩があり、翌朝は真夜中…

トルーマン・カポーティ 『冷血』(文春文庫)

1959年にアメリカ・カンザス州で、富裕な農場主一家4人が散弾銃とナイフで何の前触れもなく皆殺しされる。犯人は同じカンザスの下層階級に生まれ育ち、社会から冷遇、無視され続け、その冷たい視線を逆のエネルギーに変えて成人した二人の若者だった。 小説…

高村 薫 『レディ・ジョーカー』(新潮文庫)

グリコ森永事件がこの小説のきっかけになったらしい。 日本一の日の出ビールの社長が誘拐される。現金20億を支払うという条件で解放されるが、金を手に入れた犯人グループはそれを外部には発表せず、仲間のアジトに隠匿する。会社が支払ったことは事実なの…

高村 薫 『新リア王』(新潮社)

高村薫のリア王は、過去40年自民党代議士として君臨してきた政治的人間・福澤栄。地吹雪が道行く人の視界を全く狂わせてしまう青森の地で、絶対の権勢を誇ってきた男だ。毒蜘蛛の殺し合いのような、昨日別れたはずの女と今日再びまた違った形で寝るような…

恩田 陸 『 蜜蜂と遠雷』(幻冬舎文庫)

3年に一度開かれる浜松国際ピアノコンクールの模様を描いた音楽小説。一次予選から二次予選、三次予選、本選と続くなか、コンテスタントたちの上下する心理の動きと演奏の丁寧な描写、観客の感動の盛り上がりが上下巻にわたって綴られる。 作者のクラシック…

宮部みゆき 『理由』 朝日文庫

秀作だ。ローン返済に行き詰まったタワーマンションで、4人の死体が発見される。1人はベランダからの転落死で、残りは何者かに刃物で殺されたようだった。当初、4人は家族だと思われていたが、捜査が進むうち、実は他人同士だったことが明らかになる。他人の…

池澤夏樹 『世界文学を読みほどく』 第十四回 総括

p392・402-3 私たちの世界観には、大きく分けて二つの種類があります。一つは、世界は樹木状の分類項目に従う、つまりディレクトリのある、例えば動物・植物の分類表のような形をしているという考え方。いくつかの大きなカテゴリーがあって、その下にまたい…

池澤夏樹 『世界文学を読みほどく』  第九回 フォークナー『アブサロム、アブサロム!』

「銃社会」アメリカの起源 p267-8 かつてのアメリカの場合、町を造るとすると、西部劇で見るように、その町は大平原の真ん中に造られて、独立あるいは孤立して存在します。周囲との関係が非常に薄い。すべて自立、自治でやらなければいけない。 ということ…

池澤夏樹 『世界文学を読みほどく』 第五回 ドストエフスキー『カラマーゾフの兄弟』(新潮選書)

池澤夏樹は京都大学の依頼で2004年9月15日から一週間、「世界文学を読みほどく」という特殊講義を行った。実際に創作活動をしている人が語ると、ふだんの講義の中で大学の教員たちが語る文学の読み方とは違う掘り下げ方をしてくれるのではないかという、大学…

大岡昇平 『花影』

どうと言うことのない花街小説だが、解説で本作がモデル小説であることが暴露される。小林秀雄、中原中也、坂口安吾、青山二郎、白洲正子などの面々が作中人物の誰それと具体的に示されていて驚く。

ロレンス・ダレル 『ジュスティーヌ』

学生時代と1980年に続いて3読目だが、今度は独特の心理分析や都市と文明の描写が難解すぎて読めなかった。70年と80年にも難しかったが、ついていこうとする気構えだけはあり、身体で理解しようとする突進力で読み進んだ。今回それができなかったのは、年齢の…

香原志勢 『人体に秘められた動物』

足、脚、寝姿の姿勢の多様さ、眼、口、顔・・・、人間の身体の各部の形態を捉えて、それが魚類以降どういう変遷を遂げ、いまの人間という動物ができあがってきたのか、その変遷にはどんな淘汰圧がかかって今の形に落ち着いたのか、などが巧みな文章でつづら…

村上春樹 『ノルウェイの森』

1987年、2013年そして今年2021年と3度読んだ。私の大好きな感傷的リアリズム小説の最高峰と思う。今回は上下2巻を2日間で読んだ。 p223 直子が自殺を遂げた直後、「僕」が1か月間あちこちを放浪して彼女の死の衝撃に耐えようとしている箇所に少なからず揺さ…

夏目漱石 『坊っちゃん』(春陽堂文庫)

言われていることだが、主人公坊っちゃんは漱石自身ではない。漱石は憎まれ役・赤シャツとして登場している。21歳の坊っちゃんはターナーもマドンナもゴーリキーも知らない。赤シャツはもちろんそれをすべて知っていて、生徒にもその方面の知識と教養を与…

本ブログに寄せられた不思議なコメント

このブログで10年前に書いた『数の不思議』という記事に、今朝それこそ不思議なコメントが寄せられた。私はそのコメント内容に唖然とするだけで、コメントをいただいたお礼も何もできなかった。 10年前に書いた『数の不思議』は以下のようなものである。 <…