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デイビッド・シプラー 「ワーキング・プア」

 憂鬱なアメリカ下層社会の報告。少し長すぎるが飛ばし読みできるページも多い。訳者あとがきによれば、人口の十三パーセントが貧困ライン(四人家族で二万ドル)以下の生活をしている。貧困者の多くは連邦政府最低賃金(時給五・一五ドル)を下回る低賃金である。医療保険に入れないから病気になれない、怪我もできない。TVの情報だが、骨折して手術、二日入院すると二百万円かかる国である。
 このアメリカの悲惨はもう日本に来ている。ありついた非正規雇用では、賃金が閉店前のデパ地下食品のように値を下げている。年収三百万円以下の労働者は全体の半数になっている。貯蓄がまったくない世帯は二十代では四割になろうとしている。二○○六年のOECD「対日経済審査報告」は、労働人口相対的貧困率の一位・二位がアメリカと日本だと言っている。
 p290・295の一節はとても暗い。

 「いかなる遺伝子も、環境の影響を受けることなく作用することはない。遺伝子も不変ではない。それぞれの要素が、互いにいかに無関係に思えるにしても、ほとんどつながっていないかに見える糸と糸をたぐり寄せて影響しあい、大きな変化が生じて行く。」
 「生物学的要素と環境的要素は危険因子と保護因子からなる複合体である。感染症や栄養素、愛や憎しみがすべて含まれる。貧困家庭の胎児・乳幼児は社会的ストレスの負担にさらされやすく、危険因子にはきわめて無防備である。」
 遺伝子も有機高分子の絶え間ない入れ替わりで成り立っているのだから、その入れ替わりのタイミングに、周囲の大気中の有害物質濃度がほんのわずか上昇していれば、分子結合ミスの頻度は上るだろう。妊娠中から三歳までの重要な時期に、幼児の家の中にダニと湿気が多く、室内がウィルスに満たされていれば、その結合ミスの頻度はさら上る。それが一年続けば、すぐには病変にあらわれない間違い結合は体内に定着し、ほとんどつながっていないかに見える糸と糸をたぐり寄せあって、乳幼児の体内にまだら模様に分布していく。
 全体の三分の一が胎児・乳幼児のときに強いストレスにさらされた人たちはどんな社会を形成するのか。ある「進化」の枝分かれが、ある集合的下意識を持つ人々の群れに起きつつあるのかも知れない。