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池田清彦 「遺伝子がわかる」 「遺伝子『不平等』社会」

 「遺伝子がわかる」
 p154「獲得形質は遺伝するか」という問題
 生物は環境に変化が起きると、これを上手に利用して、すばやく進化をすることができるらしい。・・・・・DNAメチル化はDNAそのものを変化させずにDNAの発現を制御するメカニズムであるが、もし環境変化により、DNAのメチル化あるいは脱メチル化が起こり、これが次世代に遺伝するならば、これは立派な獲得形質の遺伝といえる。
 発芽したイネの種子(これは2n個の染色体を持つ普通の体細胞である、n個の生殖細胞ではない)を脱メチル化剤で処理すると、ゲノムのメチル化レベルが低下して、イネの背丈が低くなる。背丈を調節する遺伝子が脱メチル化されて、遺伝子発現が変化したと考えられる。この脱メチル化は回復せず、次世代に遺伝される。植物では他にも脱メチル化による形質変化の遺伝の例はよく知られている。
 ネオダーウィニズムの「教義」は明解であり、生殖細胞系列は体細胞系列と独立しており、体細胞系列に後天的に生ずる変化を獲得形質と考える限り、これは遺伝しようがないというものである。
 しかし果たして生殖細胞系列は体細胞系列と完全に独立なのだろうか。減数分裂後の生殖細胞の染色体はn個だが、その前の始原生殖細胞は体細胞と同じく2nである。この始原生殖細胞が何らかの環境変化(突然の食料不足なども環境変化だろう)にさらされ、新しい形質を生み出す遺伝子が励起された状態で減数分裂することはないだろうか。そうすれば、体細胞系列に後天的に生じた変化が生殖細胞にも近似的に再現されたことになり、以後は新しい形質を持った生物が安定的に続いていくこととなる。
 ネオダーウィニズムは生物の主体性を認めない進化論である。突然変異も自然選択も、いわば偶然というあなたまかせだからだ。しかし、大腸菌でさえ、ふだんはラクトースを分解できないのに、飢餓状態の時には突然変異を起こし、短期間に、ラクトースしかない培地に適応する。適応的な突然変異を選択的に起こすのではなく、さまざまな突然変異をたくさん起こすのだが、当然そのなかには適応的な突然変異も含まれており、そこに適応する。すなわち飢餓状態の大腸菌は、それを脱出する装置をあらかじめ生体内に備えていることは確かである。生物は、何もせずに偶然の慈雨が降ってくるのを待っている暢気な存在なのではない。 
 
 「遺伝子『不平等』社会」 
 p139(対談相手の精神科医 計見一雄氏の意見として)
 どういうのを狂気というか。古来、皆の共有する(ことになっている)客観的な世界があり、それを認識する仕方のオカシサの程度が狂気の程度になっている。
 幻聴が聞こえている人の脳内活動は記録できるし、測定もできる。脳内の測定可能なニューロン活動だからだ。しかしその活動を外部からの(真の)入力を処理しているときの活動から区別することは不可能である。その人の脳内では同じニューロン活動だからである。
 だから「本当に聞こえる」「おれの悪口言ってる」となる。物理的実在に関する客観的知識と、本人内部だけで発生している認識との差異を、実証可能な物質的根拠の有無に求めることには意味がない。どちらも実証可能だから。