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コンラッド 「闇の奥」

 大仰な言い回しと、望遠鏡で顔色を読むような抽象的心理描写の羅列と、素人でも考えつく初歩的な独白体による物語展開の退屈さと。独白体にしてはやたら難しい単語が連続するが、象牙海岸で初めて黒人に出会い、黒人が同じ人類であることの恐怖を北ヨーロッパに伝えなければならなかったとき、これは最良の文体だったのだろうか。
 略奪者クルツはアフリカの奥地で、進歩概念に首まで浸かった十九世紀のヨーロッパ人として地獄を見たのだろうが、そのときの恐怖は「地獄だ! 地獄だ!」というデキの悪い中学生のような直截表現でしか伝わってこない。三流国だったポーランド出身のコンラッドは、先頭を走るイギリスの圧倒的な国力にただ肝を抜かれ、その「星ぼしをさえ併合しようとする」帝国の勢いを書き写すことしかできなかったのだろう。素人が英国の従軍記者として、自己顕示欲だけで書いた作品である。
 昭和三十三年という中野好夫のあとがきも言葉遣いが大時代で興味深い。コンラッド象牙搾取会社の船の船長であったことは、中野にとっては何の関係もないようだ。作品の質そのものも「世界的水準」にあるという、読者が顔を赤らめてしまうおめでたさである。