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加藤周一 「続 羊の歌」

 p47
 もしすべての考えを外国語で表現するほかないとすれば、そのことはわたしの考えの内容にも影響を与えずにはいないだろう。(ちょうどグーグルのリンク環境で住み慣れるとその機械に似てくるように。世界中の図書文献を恐ろしいスピードで駆け抜けた論文が、読む人にジャングルジムのようなスカスカの構築物の印象を与えるように。論理は堅固だが付き合いたくはない男の空弁舌ように。)
 p57
 「とんでもない、あなたのいったことは、全くほんとうでない」というフランス語は、直訳されると日本人に限らず聞く人は色を作す。意訳すれば英語なら「そうですな、私はあなたと全く同意見ではないかもしれない」であるし、日本語なら「仰言ることはもっともだ、お説の通りではあるけれども、しかし・・・」としなければならない。外国で暮らし、外国語で考えるとはそういうことである。
 p64
 ソフォクレスエウリピデスは劇的状況そのものを発明したのであり、後人の現代作家はそこに心理や解釈や時代の背景を付け足したにすぎない。
 p83
 詩人リルケは彫刻家ロダンの秘書をしているときに「もの(デインク)」を発見した。言葉は語る=騙るものだが、もの(ディンク)は未熟な指先の一ミリの動きを黙って受け入れる。その結果はただの泥人形とロダンの傑作の差となって、見る人を騙らない。
 p90
 国際代議士会議での日本の社会党議員のあわれさ。フランス上院議員「なぜ核兵器に対して反対するのか」「党の方針だし、広島の悲願だからだ」 対するフランス上院議員の反対する理由「フランス独自の開発は経済的に見て高くつきすぎる。高級技術者の他の領域での不足を強める。政治的には冷戦を強め、軍拡の悪循環を引き起こす」
 p141
 世界の人口の多くは有色人で、その有色人が世界歴史の過程の中に登場した以上、少数者の側で対立を強調するほどばかげたことはない。
 p149
 政治の権力性と道義的価値の対立については、条件付でない答えを求めることは無駄であり、意味のある答えは条件付でしかありえない。社会民主主義に対してはスウェーデン人だったら賛成するだろうが、キューバ人は反対するだろう。