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ニコラス・カー 「ネットバカ」 3

 p170
 (リンク先をとりあえず見てみようとするような)容易に発火するニューロンが頻繁に強化されると、(オリジナルな自説をじっくり展開しようとするような)めったに発火しないニューロンは弱体化し、崩壊を始める。脳は使われなくなったニューロンを、急を要する他の機能のために使い始める。視覚を失った人の視神経回路が触覚や聴覚など他の感覚の強化に使われるのはよく知られた事実である。
 p173・187
 読書中にリンクに行き当たるたび、それをクリックすべきかどうか前頭前野が判断できるよう、われわれは一瞬立ち止まる。このような、言葉を読むことから判断を下すことへの切り替えが頻繁に行われた場合、集中時にしか行えない深い読みと記憶を担う海馬の機能が妨げられることが証明されている。われわれの注意が移動するたび、脳には再配列の必要が生じ、負担がかかる。脳が目標を変更し、新しいタスクのためのルールを覚え、直前の活動からの干渉をブロックするには時間を要するのである。
 時間に追いかけられているオンライン状態ではわれわれは単なる情報の閲覧者に成り下がっている。深い読みと記憶を担う海馬は、時間を忘れて集中しているときにしか働けないように、器官として宿命づけられているからである。
 p176
 短期記憶のうち作動記憶と呼ばれるものが、情報を長期記憶へと移動させ、その結果個人の「知識」が貯蔵される。この長期記憶は事実だけでなく、バラバラの情報の断片をパターン化された知識の体系「スキーマ」をも保管している。われわれの知的能力の大部分は、長きにわたって獲得したスキーマに由来している。(アンドレア・ロック「脳は眠らない」p257 睡眠中に記憶は整理される。)
 p202
 IQテストにはさまざまなセクションがある。幾何学図形を回転させるテスト、論理的順序に従って図形を配列するテストなどである。 インターネットの使用は視覚的な鋭敏さに対応する神経回路をおそらく強化しているだろう。しかし、このセクションでわれわれのIQスコアが少し高くなる傾向があるといっても、われわれは両親よりもよい脳を持っているわけではない。記憶・語彙・一般知識・算数ではまったく向上は見られないか、イギリスや北欧では低下している地域さえ見られる。われわれが両親とは違う脳を持っているだけのことである。
 p211
 美的側面も含めて計算に主観的判断が入り込むことはないと、グーグル社は自社の知的倫理基準の公明正大ぶりを世界に公言している。 「労働と思考の第一のゴールは効率である。あらゆる面において、技術的計算は人間の判断にまさる。人間の判断は、だらしなさや曖昧さ、不必要な複雑さに毒されているため信用ならない。主観は明晰な思考を妨げ、計量できないものは存在しないか無価値なものである。」と。
 数学だけが極めてよくできる天才高校生の弁論を聞くようだが、「人間の判断は、だらしなさや曖昧さ、不必要な複雑さに毒されているため信用ならない」というグーグルCEOのこの弁舌には、その判断自体が人間の判断であるというきわめてレベルの低い矛盾が含まれている。さらに、グーグルCEOがだらしなさも曖昧さも複雑さも微塵もない人間であるとは、世界の誰一人信じていない。中国政府の要求にあっさり屈して、世界中を覗き見るグーグルマップの性能を中国国内でだけは格段に落としたからである。
 グーグルCEOは自分が「美的側面」にきわめて疎い人間であることも告白している。ピカソの絵画もロダンの彫刻もプルーストの小説も、その美しさが計量できないから「存在しないか無価値なものである」とは、かなりの恥知らずでなくてはなかなか言えないことである。