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菅野昭正 「明日への回想」

 ポール・ヴァレリーヴィリエ・ド・リラダンレーモン・クノーなどの翻訳で知られる著者の、子供時代から敗戦後の大学卒業までの回想記。よく抑制された文章のなかで、周囲を拾いながら、自分を確認しながら対象に丁寧に迫っていこうとする穏やかな知識人の姿勢が好ましい。
 ちょうど100ページ目に西野昇治という浦和高校時代の文芸部の同輩で、東大に入学してまもなく宣言自殺を決行した友人の歌が載っている。

 我もまた白き蛾となり灯を恋ひて 幾夜幾夜の秋は生きたし
 西野には精神病理学的な自殺願望が濃厚だったということだが、歌にもその気配はたしかにただよっている。だが、同時に、生きるに値する生が不在であるのを見てしまった冷静な視線が、そこに結びついているのも確かである。
 一日半で読んだ。当たり前のことだが、著者はわたしや仲良しの就職組同窓生とは比較にならないほど勉強をしていた。退屈な思い出話も三分の一ほどあったが、自慢も少なく回想録としては質の高いものだった。『ステファヌ・マラルメ』を読みたくなったが、中央公論でも品切れだった。 「ヴァレリーに衝撃を受けたのなら、<“明晰”を“複雑”にはりめぐらせる>、その方法論を学者としての日常に実践するしかない」 という一文が心に残った。
 ヴァレリーにしても、菅野昭正氏にしても、若い頃に 「生きるに値する生が不在であるのを見てしまった」 ことは確かである。その狭い踊り場に立ったとき、下りではなく上りの階段に二人を向かわせたものは何だったのだろう。
 最終ページあたり。卒業論文口述試験の前後、三月五日にあのスターリンが死んだ。その数日後に著者は大学正門前で、経済学部出身のMさんという二年先輩に偶然出会った。Mさんは世間が騒ぐ株価のスターリン暴落のことを、菅野氏に丁寧に説明してくれたのだが、スターリンが死ぬとなぜ株が下がるのか、菅野氏はまったく理解できなかったらしい。
 スターリン死亡によって西側諸国の軍事産業がヒマになる、という思惑で株価が下がったのだが、著者は
「東側の共産圏に起きた一つの死が、なぜ西側の資本主義の史上をこんなにも騒然とさせるのか。無知そのものの文学者として、これぞ不可解な世界の謎だと柄にもなく考えたのであった。」