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TVから 「右利きと左利き」

 旧石器の分析を通じて、古生人類は百万年前から一万年前まで、五十五%が右利き、四十五%が左利きであることが分かっているという。それが一万年前から五千年前の新石器時代になると右利き九十%、左利き十%と、右利きが圧倒的になり現在も変っていない。英語でrightは「右側」と「正しい」の両義があり、フランス語でgaucheは「左側」「まちがった」の両義がある。
 右手は左脳が制御し、左手は右脳が制御するとされる。左脳には言語中枢があり、論理的な活動をつかさどる。右脳はパッと見てとる感覚的判断などに関わるとされる。一万年位前に利き手の左右の比率が大きく変ったということは、この時期に左脳の機能が相対的に亢進したことを示している。発話の複雑化に欠かせないFOXP2遺伝子が突然変異して、ホモサピエンスが言語機能を高めた時期と大きくずれてはいない。
 養老孟司氏によれば論理は耳のものである。目に理屈はじつはない。音楽は耳で聞くものだから、音楽の理解は論理の理解と強く関係しており、どちらも左脳がコントロールしていることになる。対して絵画は当然目で見るものである。だからある絵画に対する好悪は、一瞬の感覚的判断を制御する右脳の管轄下にあることになる。
 バッハ以降の西洋音楽の作曲家は大半がドイツ、オーストリアの人である。フランス人も少しいるが、イタリア人、スペイン人は少ない。哲学の系譜もヘーゲル、カントからハイデガーヤスパースまでドイツ語が優勢であり、途中に個性的なフランス人が何人か混じるだけである。サルトルなどはドイツとフランスの中間で育ち、父方はドイツのシュバイツァー家である。ドイツ語圏は左脳の人たちなのか。
 一方の画家、彫刻家は圧倒的にフランス、イタリア、スペイン、オランダ地方の人が多い。教科書に載るような画家、彫刻家はほとんどこれらの国の人である。ラテン語圏では右脳の人たちが多いのか。ドイツ語圏の人は本当に少ない。
 それにしても、イギリス人は、ただひとりシェイクスピアだけを除いて、どちらにも登場しない。イギリスの直系であるアメリカ人もしかりである。アングロサクソンの哲学は、きわめて乱暴に言えば、「現実生活に有用である」概念だけが「現金価値のある」概念(W.ジェイムズ)であるとするプラグマティズムである。音楽芸術と絵画芸術が、アングロサクソンの教育風土では「実利と有用性」のないものとして、尊敬されなかったことは容易に考えられる。
 療養のためイギリスの貴族の邸宅に一週間滞在したフレデリック・ショパンは、親切で優しい老貴族としとやかな夫人から、自らの家系の由緒を一週間喋り続けられて、痼疾の肺結核をこじらせてしまったらしい。当時ショパンジョルジュ・サンドに捨てられ、実社会では「無用」の極貧状態にあった。