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山本義隆 「磁力と重力の発見」(みすず書房)5/7

 デッラ・ポルタなどの「理論的」発見 
 p594
 磁石の問題に関して(ダイヤやニンニクが磁力を破壊するといった)古代や中世の迷信と近代科学の分水線を跨いでいるのは、さまざまな実験結果を公刊し「魔術」を平明に種明かししたデッラ・ポルタの『自然魔術』である。
 デッラ・ポルタはまた、磁力が距離とともに減衰することを明確に語り「力の作用圏」という概念を作り出した。減衰が距離の二乗に逆比例するとのニュートンによる定量化まであと一歩である。
 地球の運動と磁気哲学
 p662−5
 コペルニクス仮説を受け入れるためには、地球表面の物体が自転に取り残されるのが見られらいではないかというような通俗的批判を論駁するだけでは決定的に不十分だった。
 天動説の核心にあるのは、「月下世界の物質(火・空気・水・土)のうち特に 「卑しい」 土だけは自己運動の原理を有していない」 という教会自然学の基礎にあるアリストテレス自然学だった。したがってコペルニクス仮説は、不活性で「卑しい」土と水からなる地球が外からの働きかけなしに自転や公転をするなどありえないという、アリストテレス自然学の首根っこに手をかけなければならなかったのである。これはたいへんな勇気のいることだった。慣性原理も角運動量の保存も知られていない時代にあって、何が地球を回転させているかを語らなければならなかった。
 一六○○年、五種類の磁気運動を語り、南北に細長く置かれた鉄が地球磁気によって自然に磁化されることなども見出していたギルバートは、その地球自体が巨大な磁石であることを発見した。そしてこの「巨大磁石」こそ地球の「本源的形相」であり、「地球自身の喜びと利益のためにおこなう」自己運動の「内在原理」であると考えた。
 しかし、こうした用語の選び方からみても、霊魂を「運動原理を自分自身のうちに持つ物質の本質」とするアリストテレスの深い影響から逃れることは当時不可能であり、ギルバートはまだ自然哲学者ではなく自然魔術師だったことがわかる。
 天体の動力学と運動「霊」
 p695
 ケプラーは一六二一年、太陽が惑星に及ぼす影響を、当初考えていた物活論的な「運動『霊』」から動力学的な「運動『力』」と捉えなおしたが、その転換を促したのは(光と同じく)力が距離とともに減衰するという(当時の光学研究者に知られていた)事実の発見だった。
 ここに、魔術的な、あるいは霊魂論的な作用が近代物理学的な遠隔力に昇華する局面に私たちは立ち会うことになる。もっとも、当時光(や磁気=重力)は二次元平面状を広がってゆくものと仮定されていたため、減衰は距離に単純に反比例すると思われていた。
 p734
 占星術における「秘密の影響力」や魔術における「隠れた力」が、ケプラーにおいて数学的関数としての物理学に生まれ変わり、そしてその上でそれまでの「(因果律による存在論を含まない)幾何学としての天文学」と「力や影響力を課題とする占星術」の両者が、彼によって「動力学的な天体力学」に止揚された。これがニュートンの正確な運動方程式の上に展開され、この時点でようやく磁力と重力をめぐる近代物理学は始まった。
 p746
 ガリレイの科学は、事物や現象を数学的に表現可能な諸徴表の集合と捉え、そのなかに数学的法則性を読み取ることだけに尽きている。加速度の原因は何かなどを問うことはなく、ケプラーとは逆に自然学から存在論を追放した。特に太陽系の秩序について言うならば、望遠鏡による彼の発見は天動説論駁には力があった。しかし、それ以上に惑星の運動について理論らしいものをガリレイは何一つ作り出していない。
 実験を不要であるとしたデカルト
 p774
 (デカルトに代表される)機械論的な世界観は、物質は受動的であるという単純な前提をその基本に置いている。「あらゆるものは常に同じ状態を保とうとする」というデカルトが始めて定式化した「慣性の法則」は、この、神ならぬ物質は常に受動的であるという前提から即座に演繹されることだったのである。コギト(知性)に自信を持つデカルトにとっては、実験の必要もないことだった。
 p776
 アリストテレスプラトンアルキメデスたちの哲学、諸学は、絶対的に正しいと主張される「第一原理」からあらゆる問題が隙のない論理で演繹され、すべての現象が厳密に論証されると称する閉じた単一の体系であった。しかもひとたび創りあげられた後は権威として君臨し、後代のものは解釈することだけが許される完成された理論とみなされた。そしてそれらがどれほど精巧に作られたにせよ、観想的な哲学は言葉の遊びに過ぎず人間が環境に働きかける指針にはおよそ役に立つものではなかった。
 これに対して、多くの二次的才能たちが異なった場所で研鑽している機械的技術においては、最初の考案者はごくわずかなことしか成しとげえず、時がこれに継ぎ足し仕上げてゆく。大砲製造術も航海術も印刷術もはじめはやり方が下手であったが、時とともに改善されヴァージョンアップされていった。