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V.S.ラマチャンドラン 「脳の中の幽霊」(角川文庫)4/4

 てんかん・天才・至高体験
 p278
 側頭葉、とくに左の側頭葉は宗教的な体験となんらかの関わりがあるのではないかと疑われている。医学生なら誰でも知っているが、この部位に原発するてんかん発作の患者は、発作のときに強い霊的体験をする場合があり、発作のないときでも宗教的あるいは道徳的な問題に取り付かれるケースがみられる。
 この霊的体験はアインシュタインの「宇宙信仰」に近いものである。アインシュタインは言う。「この宇宙信仰の感情を、それがまったくない人に説明するのは非常にむずかしい・・・。あらゆる時代の宗教上の天才は、この、教義を持たない宗教的感情によって特徴づけられる・・・。芸術や科学のもっとも重要な機能は、この感情を呼び覚まし、感受性のある人たちの中でそれを生き続けさせることだ。」
 p284
 てんかん大脳辺縁系に局所的発作として起きると、女性はときどき発作の最中にオーガズムを感じることがある。理由ははっきりしないがこれは男性には見られない。いちばん注目に値するのは、神聖な存在を感じる感動的な霊的体験をする患者たちである。この「悟った」という意識、「真実がついに啓示された」という絶対的な確信のでどころが、合理的な思考をつかさどる領域ではなく、情動に関与する辺縁系だというのは皮肉なことである。
 こういう体験が「本物」なのかそれとも「病的」なのかを、誰が決められるのだろう。医師はほんとうにこういう患者に薬を飲ませて、全能の神と対面する権利の享受を阻んでもよいのだろうか?
 p308
 もしアインシュタインモーツァルトの天才が、誰でも持っているといわれる「一般的遺伝子」の幸運な組み合わせによるのなら、「一般的遺伝子」による知能がきわめて低いサヴァンの人たちの才能をどのように説明するのか。彼らの独特な才能の理由は分からない。自閉症児の一○%が絶対音感を持っているのに対し、一般集団には一、二%しか見られない。しかしながらピカソアインシュタインのようになるサヴァンは一人もいない。サヴァンシェイクスピアの戯曲やソネットは絶対に作れない。
 サヴァンに欠けているのは、創造性と呼ばれる、言葉で表現できない資質、わたしたちを人間であるとはどういうことかの本質に向き合わせてくれる本質である。
 クオリア
 p332
 自分の妻が微笑みかけてきたとき、その犬歯を見れば、人間が野獣なのかそれとも天使なのかが分かる。そうすればこの単純な、友好をあらわす人類普遍のしぐさのなかに、わたしたちの野蛮な過去のぞっとするような名残が隠れていることを、はっきりと悟ることができる。
 微笑みは威嚇のしかめ面から進化してきたものなのだ。人類以外の霊長類が見せかけの威嚇として犬歯をむき出すことや、その見せかけの威嚇が本当の威嚇のディスプレイから進化したことを知らなくてはならない。
 p363
 わたしのクオリア――主観的感覚――は、いまのところ、あなたに伝えることができない。しかし、わたしの脳の中の味を処理する領域とあなたの脳の中の味を処理する領域を、神経線維(これは組織培養をするか別の人から取ってくる)で直接つないだらどうなるか。神経線維は味の情報を、わたしの脳からあなたの脳のニューロンに、翻訳を介することなく直接に届ける。甘いとか辛いとかという「単語」を使うこと自体がクオリア伝達の障害となっているのである。わたしとあなたの脳を神経線維で直接つなぐというシナリオは、いまはまだ実現しそうもないが、理論的に不可能なところはない。
 p366
 これまでは還元主義が科学で成功を収めた唯一最大の戦略だった。しかし、還元主義はクオリアのような高次の機能の理解には役立たないだろう。シリコンチップを顕微鏡でのぞいて、コンピュータプログラムを理解しようとするようなものだからだ。