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内田 樹 「街場の大学論」(角川文庫)2/2

 68年入学組と70年入学組の世代論的落差
 p237-9
 68年の東大入学者は、まだ学内全体としては静穏なる政治的状況を保っていた時期に、大学に入った。そして医学部で始まった学内の抗争が全学に飛び火し、ある日、駒場にも機動隊が導入され「日常的なキャンパスライフ」が瓦解した、という原体験を有している。
 だが私のような70年組が入学したときには、「自分たちの言葉」で語れる領域はもうほとんど残されていなかった。私たちがどんな政治的振る舞いをしようとも、それらはすべてこの領域では「商標登録」済みであり、政治的言説のほとんどはすでに網羅的にカタログ化されていた。「あのー、オレが思うには・・・・・」と口を開いたとたんに、「なんだ、お前は○○派なのか」というふうに。
 自分がオリジナルな言葉を語っているつもりでいるときに、かならず「できあいの台詞」を語らされていることを思い知らされて、私たちの顔つきは急速にねじくれたものになっていった。70年において、「この場に結集されたすべての学友諸君!」というのは、「私は、私がその実効性を少しも信じていないし、諸君がまじめなものとして取るはずもない空疎で過激な政治的常套句をこれから語るであろう」という言葉として届いたのである。
 これがのちに「ポストモダン」と呼ばれることになる思想型の先駆的形態であったことを、わたしたちはまだ知らなかった。

 文科省・杉野課長と語る 人文の教養が足りない日本の科学者
 p270−318
 杉野  日本の教育風土には、空理空論を排して実践的にものごとを考えるという実学志向が強い。それが、(産業界のトップが理事会にいる大学などでは特に)大学の世界に無抵抗に持ちこまれる。それこそがいいんだと。人文系中心の幅広い教養重視というコンセプトを維持するための抑止力は働かなくなっています。
 内田  江戸時代の私塾とか藩校とかにおける実学と、現在の実学では意味内容がかなりちがいます。かつての実学は、学んだことの有効性は現実の生活の場面で検証されなければならない、というものでした。このことに異議はありません。
 けれど今の実学はすべて「金になるかどうか」である。子供を私学に生かせたら学費に500万円かかった。その500万円を就職して何年で回収でき、さらなる上積みを保証できるか・・・、金に換算できなければその大学は実学的には効果ゼロと査定されます。
 だから、適性とは無関係に誰も彼もが医学部や歯学部や法学部に行きたがる。医者や弁護士は教育投資の回収が迅速かつ確実であると、親も子も投資マインドで考えているんですね。
 杉野  わが日本の大学は、少なくとも自然科学系は、ウィンブルドンのベスト4に入っている。ひょっとするとセンターコートに立っているかも知れない。でも今のところは、センターコートに立つたびにアメリカに負けている。なぜそうなるかというと、日本の自然科学系の人には人文科学の教養が足りないからなんです。
 理科系の人に聞くと、特に若い研究者は他分野とコラボレートする力が衰えているといいます。自分の専門的知見が、どのような他領域とネットワークできるかということに、想像力が働かない。自分の専門のことを専門以外の人々に説明できない。自分の高度な知見をほぐして、世界中の素人もわかるように説明する能力がきわめて低いのです。これではセンターコートに立つたびにアメリカに負けつづけて当然です。
 内田  大学改革の一環として、教員に自己評価をさせ、その中で必ず学生の授業満足度を見るようになっていますね。すると、教員の教育方法と学生の授業満足度は、ちゃんと相関しているんです。でも、自己評価項目の中に、学生の満足度とはまったく相関しない項目が一つあった。「シラバス(授業計画)がきちんとか書かれているかどうか」という項目です。シラバスの精密度と学生の満足度との間には、統計的に何の関係もありませんでした。
 私が当時、神戸女学院の教務部長だったせいもあって、大学全体としてシラバスをろくに書かないまま、文科省に教員の自己評価書類を提出しました。すると、文科省からシラバスが十分でないという理由で、ある日突然助成金カットが通達されました。
 それおかしいと思いませんか? 要するに、人間は金で動くというチープな人間観を文科省自身が吐露しているってことですよね。教育行政の要路にある方々が、そのような浅ましい人間観を開示しちゃったんですよ。
 制度の適否に関する議論をすっ飛ばして、言うこと聞かないやつに罰を与えるというのは、教育を所轄する役所のすることじゃないですよ。財務省が言うならいいですよ。成熟した市民を育てようとする文科省は、痩せても枯れてもそんなこと言っちゃダメですよ。
 杉野  一言もございません。いやしくも道徳を所管する官庁としては。