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内田 樹 「日本辺境論」(新潮新書)2/2

 場の空気を共有したいという、(無意識的な)「ふまじめさ」
 p54
 ヒトラーポーランド侵攻前にこう宣言しました。「余はここに戦端開始の理由を宣伝家のために与えよう。それがもっともらしい議論であろうがなかろうが構わない。勝者はあとになって、語ったことの真実か否かを問われはしないであろう。戦争を開始し、戦争を遂行するに当たって正義などは問題ではなく、要は勝利にあるのである。」
 このヒトラーの小気味よいまでのニヒリズム丸山真男は驚き、「わが国のどんな軍国主義者も、こうしたつきつめた言葉を口にできなかった。『勝てば官軍』という言葉を公然と自己の原則として表白する勇気は誰ひとり持ち合わせなかった」 と書いています。丸山真男はすでに東大助教授だったにもかかわらず、戦争末期に二等兵として徴兵され、入営していました。
 戦争指導者たちは東京裁判で、悪気はなかったと「まじめな」顔で繰り返し、戦勝国側にあきれられましたが、「武力による他民族抑圧はつねに皇道の宣布のためであり、他民族に対する慈善行為」であるということを、戦争指導者自身、多少はほんとうに信じていたようです。
 この、国家指導層のどうしようもない子供っぽさを、『歴史意識の古層』では、「大東亜共栄圏を確立し八紘一宇の新秩序を建設して、皇道を世界に宣布することは、疑いもなく被告らの願望であった。彼等のうち誰一人として、これがドン・キホーテの夢であることを指摘した者はなかった」とも述べています。
 対して、ナチ親衛隊長ヒムラーは 「諸民族が繁栄しようと、餓死しようと、それが私の関心を引くのは、われわれがその民族を奴隷として必要とする限りにおいてであり、それ以外にはない」と獅子吼しました。 日本人にここまで確固とした戦争観を見ることはできません。
 私たち日本人はたとえ欺瞞的であっても「大義」をかかげずに侵略することができない。侵略相手の国民にさえ空気の共有や場の親密性を求めてしまうのが私たちです。
 p66
 「空気の共有」や「場の親密性」を求めることは、私たちの「恭順と親しみのメッセージ」としてのみ考えていいわけではないでしょう。なぜなら、敵とさえ「場を共有したい」という一見親和的に見える態度とは、日本開闢以来、二千年にわたって中華帝国から「東夷」とされてきた辺境人ならではのフリーハンドを駆使した態度である、ともいえるからです。・・・・・・・・
 ひねくれた考え方ですが、朝鮮は自国を中華・蛮夷秩序のなかの「小中華」に擬し、「本家そっくり」にこだわったことで、政治制度についても国風文化についてもオリジナリティを発揮できなかった。これに対し日本は、中華の光が届かない「東夷」というポジションを受け入れることで、逆に辺境国の事情に合わせて制度・文物を大幅に『修正』することができた。
 たとえば日本は大陸の律令制を導入しながら、科挙と宦官の制度は受け入れませんでした。それも、科挙や宦官について議論を重ねた上で非としたのではなく、なんとなく「当家の家風」に合わない気がしたので、そんな制度があることを「知らないふり」をし続けました。なにしろ間に海があるのですから、「知らないふり」をすることで、とりあえずは、そしてそのままずるずると、やってこれたわけです。
 この国際関係における微妙な(たぶん無意識的な)「ふまじめさ」。自分たちは世界の中心からははるか辺境にあるので、まずは朝貢などの臣従行為によってみずからの心理的安定を確保する。そのあとで、今度はその劣位を逆手にとって、自己都合で好き勝手にやる。この「面従腹背」に私たち辺境民のメンタリティの際立った特徴があるのではないか、と思うことさえあります。
 フェミニストたちの辺境人気質
 p246
 驚くべきことに、私たちの先祖の辺境人気質は現代のフェミニストたちにも脈々と受け継がれています。九○年代、日本にフェミニズム言語論というものが入ってきたことがありました。その基幹的な主張のひとつは「女性に固有の言葉を奪還せよ」というものでした。
 私はこのときに、「女性に特化した言語を創出しなければならない」というリュス・イリガライらの論をそのまま日本に適用しようとするフェミニストの「世界標準準拠主義」の徹底ぶりに驚きました。だって、現に、日本語には「女性語」があるわけで、人称代名詞、活用語尾、単語が生活言語として古来から完璧に根付いている。しかも、男性語が語る命題の硬直性や空語性を暴露する十分な批評的機能を果たしてきたからです。