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加藤典洋 「日本の無思想」(平凡社新書)2/2

 p63−75
 太平洋戦争の無条件降伏の際、いちばん問題になったのは、ポツダム宣言受諾が国体の護持につながるかどうかということでした。「国体護持」の大本は天皇主権の保持でしたから、天皇主権が否定された以上、結果として国体は護持されませんでした。しかし面白いことに、降伏決定時にはあんなにも大問題とされたことが、いったん降伏してしまうと、もうだれもあまり言挙げしませんでした。
 このことに、「信義」ということについての日本社会の影の部分が見え隠れしています。つまり、天皇信従は、戦中においてさえ、これを推進しようという側自身にとって、すでにご都合主義的なものであったということです。・・・・・・・。
 戦争と戦死者の関係について考えれば、事態はより深刻です。死んでいった人たちは、どれだけ信じていたかは人によって違ったでしょうが、とにかく白人支配からのアジアの解放、祖国の防衛といった「大義」のためにこの戦争に従事しました。そしてその大義の象徴が昭和天皇でした。ところが、戦争に負けるや、天皇はあっさり、自分は人間なのだといって、科学者として研究発表を行ったりしています。・・・・・・・。
 なぜこうなったのでしょう。似たようなことが明治維新のときにもありました。開国和親に対し、尊皇攘夷といっていた人たちが、いったん政権を取ると、今度は攘夷から開国にものの見事に反転しました。そして、実際に圧倒的な欧米列強の文明に直面すると、もうそんなことは人々の頭から飛んでしまい、転向、無節操を論難する人は日本のどこにもいなくなりました。・・・・・・・。
 p77
 一九四五年と一八六八年になにが起こったのか。共通点は、いうまでもなく、圧倒的な力量差を持った「敵」への全面屈服の国民的経験です。幕末でも、第二次大戦降伏時でも、僕たちは敵が実際に姿を見せ、圧倒的な力の差を見せ付けられると、もう敵対することをやめてしまったのです。徹底抗戦というあり方は、口では言われましたが、事実としてこの国で示されたことはありません。レジスタンスはこの国ではありえないことだったのです。
 次のような驚くべきことが一九四五年、米軍の日本占領直後にありました。立川飛行場にコーンパイプをくわえて降り立ち、日本人にとって屈辱的な天皇とのツーショット写真を撮らせたマッカーサーのもとに、日本全国からおびただしい数の手紙が届きました。その手紙にはなんと「日本の王になってくれ」という趣旨のことが書かれてありました。また、多くの日本人女性から「あなたの子供を産みたい」という手紙も、マッカーサー宛に殺到したそうです。(袖井林二郎『拝啓マッカーサー元帥様――占領下の日本人の手紙』)
 戦争中は鬼畜とまで呼んで戦った敵が、勝利者として出現したとき、日本人はその驚くべき物量、その風貌、物腰、資本力を知るにつけ、「これではダメだ」と、いわば国民的規模で完全にシャッポを脱いだのです。なぜ天皇憲法、戦死者に関する大問題が、日本人の意識からヒューズが飛ぶように、一度に消し飛んでいるのか。こういうことは、全国民の「雪崩のような完全脱帽」ということでしか説明がつきません。
 p79-80
 しかし、やがて占領が終わり、米兵の姿が見えなくなるとすぐに精神状況に変化が訪れます。誰彼となく、「いくらなんでも、ちょっと具合が悪いな」と思うようになったわけです。ちょうど、台風のあいだは頭をたれて暴風の翻弄にまかせていた稲穂が、風がやむとまもなく再び頭をもたげるのと同じように、その「誰彼」は自分の中に自尊心のうずきを感じるようになったわけです。
 こうして彼らのうち何人かは次のように考えます。「いや、自分はあのとき、アメリカに絶対帰依したのではない。そのようなしぐさはたしかにしたが、それは帰依したふりをしたに過ぎない。あの絶対帰依はタテマエ上のことであって、ホンネでは戦前以来の信念を保持していた」と。 そう考え、それを自分で信じるため、いわば自分の中に「本心」を“新設”することにしたのです。
 p128
 でも、そもそもなぜ、このタテマエとホンネの生活を続けることがいけないのでしょう。
 少し前にも書いたように、今の日本語では、「建前=表向きだけの方針・原則」であり、「本音=口に出しては言わない本心」であって、どちらも「本心」ではありません。タテマエとホンネがどちらも真ではないという、日本人に固有の考え方は、たしかに筋道の上では矛盾をきたしています。
 ただ、それは視点が変わるだけでともに真であるという考えもできるわけで、この列島の人々がそこそこうまくやっていけるのだとすれば、「日本社会独特の生態」だとしてこれを認めてもいいのではないかとは考えられないでしょうか。選挙権を持つ大多数の日本人は実際そう考えています。
 しかし僕はそう考えません。「タテマエとホンネ」の生活は、「表向きだけの方針・原則」と、「口に出しては言わない本心」を、「風向き」によって使い分ける二重道徳者の生活です。つまり、「二重」道徳とは「無」道徳ということであり、その人は自分が従う規範を、内にも、外にも、どこにも、持っていないということです。使い分ける「ご都合」だけを持っているということです。
 「タテマエとホンネがどちらも真ではないという」という二重道徳を続けていけば、やがて言葉というものがまったく意味を失うのは明らかです。考えていることを言わない、それでも考えていると認められるというのですから、発語すること、思っていることを言うことを「児戯に類すること」として、誰も尊敬を払わなくなるのは当然でしょう。 世界でもっとも温和とされる私たちの、これがニヒリズムでなくて、何なのでしょう。