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大嶋幸範 小谷野敦『日本人のための世界史入門』余談

 イスラム圏で科学技術が発達しなかった理由
 本ブログ4月25日付 「小谷野敦『日本人のための世界史入門』1/2」 について、jun-jun1965という読者の方から質問をいただいた。<なぜイスラム圏では科学技術が発達しなかったのでしょう?>という難しい質問である。jun-jun1965さんが気にされた私の記事は次の数行だと思われる。

 12〜13世紀、スペイン・コルドバのアヴェロイス(=イブン・ルシド)の手になるアリストテレス注釈書のほとんどが、発足間もないパリ大学の学僧・知識人によってラテン語に翻訳され、トマス・アクイナス、ロジャー・ベーコンをはじめとするヨーロッパ中のキリスト教神学者に貪り読まれた。カトリック神学は、このアヴェロイス解釈のアリストテレスによって思弁の高みを極めたといわれる。・・・この精密な論理学はやがて、「宇宙のすべてのヒエラルヒー」を支配するのは、必ずしも神を必要としない「アリストテレスの第一原因」すなわち「力」であるという概念を生み出した。この「力」を数学によらない思弁論理で根拠づけたことが、以後全世界を制覇する科学技術がヨーロッパにのみ出現した理由である。

 この記事は主に井筒俊彦イスラーム思想史』を引用して書いたものだが、そのほかにもマックス・ウェーバー『宗教社会学論集』と山本義隆『磁力と重力の発見』を参照しているので、その内容も添えて、ムスリムの方には叱られそうな愚考をjun-jun1965さんにご返事したい。

 最初に結論をひとことで言ってしまうと、イスラム圏にいわゆる国民国家なるものが形成されず、さらに宗教改革を経験しなかったことが科学技術未発達の理由のように思う。
 マックス・ウェーバーはその『宗教社会学論集』の「序言」で直截に書いている。「どのような諸事情の連鎖が存在したために、ほかならぬ西洋においてのみ、(科学のような)普遍的な意義と妥当性をもつ文化的諸現象が姿を現したのか。」
 「・・・・・・科学は、インド、中国、メソポタミア、エジプトでもすぐれた自然観察はあったが、数学的に基礎づけされた天文学、合理的証明をともなう幾何学ギリシアで初めて成立した。所与の現世の改造につながる、実験という近代自然科学にとって不可欠の手続きは、ルネッサンス時代のヨーロッパになってはじめて組織化されたものである。」
 このルネッサンスという時代は、ヨーロッパにおいて「国民国家」なるものが形成される時代である。この時代、一定額以上の納税者が、自分が所属する最大の共同体は「国家」であり、国王の下にその自分たちの共同体を維持拡大しようという「国民意識」を持ち始めた。一六四八年ヨーロッパの殆どの大国が参加したウェストファリア条約で合意を見たこの「国民国家」概念は、少なくとも第二次世界大戦までは国際政治学上有効なものであり、グローバル資本主義が支配する現在でも、どの国際機関も政治制度も「国民国家」に代わる人民統治方法を見いだしていない。
 儒教イスラムの社会に典型的な現世への順応とは対照的に、プロテスタンティズムにおいては、環境に積極的に働きかけ、現世を改造しようとする使命感が人々の間に打ち立られた。それはともかく、この「国民意識」がヨーロッパに芽生えたとき、「宗教改革」という精神史上の大事件が連鎖的に同時に発生した。プロテスタンティズムにおいては、カトリシズムと異なり、信者の中に、ふだんの生活を際限なく合理化することを通じて世界を統御しようとする、勤労への絶対的な使命感、その結果としての進歩を信じて疑わない態度が生まれた・・・」と、マックスウェーバーは言う。
 このことは山本義隆『磁力と重力の発見』でさらに詳しく述べられている。 「(十二〜三世紀、発足間もないパリ大学の学僧・知識人によってラテン語に翻訳された)アリストテレスプラトンアルキメデスたちの哲学、諸学は、絶対的に正しいと主張される「第一原理」からあらゆる問題が隙のない論理で演繹され、厳密に論証されると称する閉じた単一の体系であった。・・・・・しかしそれらがどれほど精巧に作られたにせよ、観想的な哲学は言葉の遊びに過ぎず、人間が環境に働きかける指針にはおよそ役に立つものではなかった。」(p776)
 「これに対して、ルネッサンス期になると)多くの二次的才能(の持ち主である市民)たちがいろいろな国や都市で(自分たち勤労心と実生活から生まれた知識によって)機械的技術を研鑽するようになっていた。最初の考案者はごくわずかなことしか成しとげえなかったが、時がこれに継ぎ足し仕上げて行った。大砲製造術も航海術も印刷術もはじめはやり方が下手であったが、時とともに改善されヴァージョンアップされていった。」(p776)
 「鉱山、冶金、鋳造などの大部な著作『ピロテクニア』を一五四○年、ラテン語ではなく)イタリア語で出版したビリングッチョと、 同分野の技術書『メタリカ』を一五五六年イタリア語とラテン語ではなく)ドイツ語で出版したアグリコラは、それまでの時代にはなかったあるエートスを共有している。それは合理性というエートスである。合理性とは、人が死ぬまでに獲得しようとするある目的と、その目的達成の前に立ちはだかる諸条件を、「生命の側にある理屈において」クリアしようとする現世的な「思考規準」であり、近代人に典型的なものである。」(p453-62)
 アリストテレスたち天才の哲学、論理学を、「生命の側にある理屈において」現世的利益のために役立てようとする姿勢こそ、ヨーロッパ・ルネッサンス期に市民たちの間に生まれた科学技術の根本的態度であるということだ。
 イスラム圏には、ヨーロッパルネッサンス期における「国民国家」のような社会は誕生せず、それと軌を一にした宗教改革も今に至るまで行われなかった。多少誇張して言えばイスラム圏はいまだに大小の部族集団の混成国家である。十字軍時代と彼我の差があるわけではない。
 山本義隆に倣えば、イスラム圏にないのは合理性というエートスである。合理性とは、人が死ぬまでに獲得しようとするある目的と、その目的達成の前に立ちはだかる諸条件を、「生命の側にある理屈において」クリアしようとする現世的な「思考規準」であり、近代人に典型的なものである。イスラム圏に科学技術が発達するためには、その近代的思考規準が決定的に欠け続けて来たのではないか。そして、明治期の日本人のように、その思考規準を「丸呑み」するには、イスラムはかつての栄光の思い出が強すぎたのではないか。

 (昨日、この記事をアップロードした後、著者名に付いていたリンクを何気なくクリックすると、コメントを下さったjun-jun1965さんというのが著者ご自身・小谷野敦氏であることが判明した。どうも、人を試そうとする傾向の強い、厄介な性格のかただと思われる。5月3日追記)