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多田富雄 『生命へのまなざし』(青土社)3/3 vs月尾嘉男(東京大学教授・工学)

 スーパーシステム
 p245−8
 月尾  多田先生は、生物とは環境の偶然的な変化に常に適切に対応していくように仕組まれた「スーパーシステム」であると常々おっしゃっておいでですよね。
 多田  ええ、偶然性を積極的に取り入れて、それをてこにして動いているシステムということもできると思います。
 月尾  私のような工学系の分野ではシステムを、ある目的を達成するための組織と考えます。特に人工的につくられたシステムでは、目的がないシステムは一般には考えられない・・・・・。
 多田  生物がこのシステムを発明し利用しているのは、おおざっぱに言えば、生存という目的があるからだと思います。しかし単に生存するだけなら、こんな複雑なものを作り出す必要はなかった。免疫系でも使われないで死んでいく細胞のほうが多いですから、きわめて冗長で複雑になっている。
だから、特定の目的のために作り出したのではなく、システム自体が自己目的的になり、システム自体が特定の目的なしに進化しつつあるのではないかと思います。
 月尾  すると、行く先はわからないということでしょうか。
 多田  スーパーシステムの例として、言語の生成過程を考えてみるといいですね。言語は赤ちゃんの単純な自然言語から始まり、・・・・・やがてそれが組み合わさって非常に複雑な言語体系となり、たとえば日本語という自己を持つシステムになる。しかも外界から、たとえばフィロソフィーという言葉が入ってくると、それは非自己ですから初めは排除しようとします。その代わり、ちょうど免疫で抗体ができるように、「哲学」という言葉を内部で作って、その情報を日本語という自己の中に取り込む。
 言語の基本目的はコミュニケーションのためかもしれませんが、次第にそれを超えて言語自身が何者かを想像し始めますね。たとえば詩とか小説とか、呪いをかけたり寿いだり・・・。つまり言語の発達には目的がないわけです。
 都市の成立と発展も同じなのじゃないでしょうか。都市に特定の目的はありませんね。逆にある目的を持った都市を人工的つくろうとすると、失敗してしまいます。ブラジルのブラジリアのように。

 時計仕掛けの臓器=胸腺
 月尾  先生の『免疫の意味論』のなかに、私たちがあまり長生きしないような仕組みが免疫系の中につくられていると書いてありました・・・・・・。
 多田  私の意見にすぎないので、十分な説得力があるわけではないのですが、体の中のさまざまな臓器は、年をとってもあまり変化しないんです。動脈硬化が起きれば心筋梗塞になるという程度の二次的な老化が主で、肝臓も腎臓もそれ自体は老化しないんです。
 それに対して免疫系には胸腺という、リンパ球を作り出す、免疫系にとって最も重要な働きをする臓器があります。心臓の上を覆うようにある三十グラムほどの臓器ですが、この胸腺は、生後間もなくがもっとも活発に細胞を作り出していて、十二、三歳で重量が最大に達し、その後はあたかも生物時計のように、みごとに退縮していきます。四十代になると十分の一以下になり、八十代ぐらいになるとほとんど痕跡程度になる。これにはあまり例外がなくて、加齢をもっともよく表している臓器とされています。高齢者が感染症に弱いのは、この胸腺の退縮によるのですね。
 なぜそんな時計仕掛けのような臓器があるのか。しかもそれは、生存に必須の免疫システムの中心臓器です。いろいろな考え方が成り立つと思いますが・・・・・・・、もし時間に従って動いているとなると、あるいはその中に、何か遺伝的に決定された時間を測る装置があって、その時間に従って動いているのかもしれません。個体の寿命を決めるものを体内に置いておくことで、種族全体の運命にかかわる何かを回避するために・・・・・・。
 月尾  世代交代を何度も行うほど環境に適合できる、つまり世代交代が起きなければ、環境が変わったときに絶滅の危機もあり得るわけです。そのために、個体には一定の寿命を規定しているということでしょうか・・・・・・・・。