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内田樹・春日武彦 『健全なる肉体に狂気は宿る』(角川新書)1/2

 内田樹精神科医春日武彦氏と、角川書店で二日間カンヅメになって行った対談をまとめたもの。話の七割は何せ多弁な内田が喋り散らしている。対談本だから、新しい知見はほとんど披露されないし、春日さんは少し退屈なさったのではないか。

 自分のキャリア形成は自分だけではできない
 p51−2
 内田  自己実現ということばは、もう死語にしてほしいですね。奉職している神戸女学院大学の学生によく言うんですが、彼女たちはとにかく資格を取ったり、TOEICのスコアを上げたりすることに必死なんです。キャリア形成ということを、「閉まっているドアを自分の手でこじ開ける」ことだと思っている。でも実際は、社会とか企業は自分に何を期待しているか、周りの人が自分をどんな風なものとして必要としているか・・・・・・、という仕方で自分をとらえてきた人だけに、ドアは「向こう側」から開かれるものなんですね。資格を取ったり、TOEICのスコアを上げたりすることで、「こちら側」こじ開けられるものではない。「向こう側」から「どうぞ」って呼ばれない限りは開かれない。
 そのへんが彼女たちには分かっていない。「キャリアって自分で形成するものなんじゃないんですか?」ってきょとんとしている。「きみの能力や資質のうち、他人が必要とするを提供し続けてきたことがきみの『キャリア』というものなんだ。どれが自分のキャリアになるかは、自分では決められないんだよ」って言っても、意味がよく分からないみたいですね。

 秘密を持てないとヤバイ
 p67−8
 春日  人間が精神的に健康でいられる条件を考えてみると、例えば自分を客観的に見られるとか、中腰の姿勢で耐えられるとかいろいろあると思いますが、もう一つ、いい意味での秘密を持てるというのが大きいんじゃないかと思うんですね。
 そういう秘密が持てなくなった状態というのが、例えば統合失調症なんですね。彼らにとっては、自分の中身のすべてが筒抜けの状態になっていくという恐怖が「妄想」という形で出ているわけです。統合失調症の人たちというのは、恐怖感がつのり、やがて腑抜けみたいになってしまうんですよ。そういうのを見ていると、秘密を持てない人間というのは、かなりキツイことだろうと思います。
 内田  それに関して言うと、あの「カミングアウト」する人をほめたたえる風潮、なんだかよく分からないですね。ゲイの人とか、カミングアウトするでしょう? そんなことわざわざ言わなくていいのに。秘密を打ち明けるのは勇気ある行為だとかいう人がいますが、それはことによりけりでね。自分のセクシュアリティなんてあまり公共の話題にすることじゃないと思うんです。世の中にはセックス以外にもっと大切なことがたくさんあるというのに。