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イザベラ・バード 『イザベラ・バードの日本紀行』下巻(講談社学術文庫)2/3

 p90 売買や商業にはおよそ向いていないアイヌ
 アイヌは客人にはさかんに与えようとするものの、こちらが何か買いたいと申し出ると、自分たちのものを手放したくないと言います。彼らが実際に使っているもの、たとえば煙草入れときせる、柄とさやに彫刻を施したナイフがほしくて、わたしは三ドル半出そうとしました。ところが彼らは一ドル十セントの値打ちしかない、その値段なら売ろういい、わたしはそれ以上受け取ってもらえませんでした。そのついでに、わたしは彼らが神に献酒する酒の棒を買おうとしましたが、生きている者が使っている手放すのは「習わしではない」と言われました。ところが今朝になって、がっかりしていたわたしのところに、シノンディが少し前に死んだ人が使っていた酒の棒を「たいへん価値ある贈り物」だとしてわざわざ持ってきてくれたのです!

 p98 日本政府をとても恐れる
 平取である朝目が覚めると、部屋の外にはいつも以上に人が集まっていました。アイヌの男たちは明らかに何かえらくはしゃいでいます。じつはその前日の夜、あるアイヌの女性が気管支炎で発熱していたので、彼女にブランデー少々と鎮痛薬、それと濃い牛肉のブイヨンを与えたところ、数時間で彼女はかなり快方に向かったという出来事がありました。
 部屋の外の男たちはそのことを聞きつけて、日本政府が、こともあろうに西洋人と接触したということで何かひどい嫌がらせをしてくるのではないかと、大きな声でしゃべりあっていたのです。函館領事館のシーボルト氏も、北海道開拓使の官吏が彼らを脅したりこづきまわすことはありうると考えていますが、わたしは実のところ、そうは思っていません。北海道開拓使は被征服民族であるアイヌに対して、たとえばアメリカ政府の北米インディアンに対する扱いよりずっと人間らしく、また公正に接しています。
 とはいえ、アイヌたちにはこのような知識がありません。わたしが彼らの子供に飲ませる薬を函館の西洋人医師に手配しようとしても、「日本政府が怒るから」と薬を送ってもらわないでくれと言うのです。彼らはまた自分たちの風習についてあなたに話したことをどうか日本政府には言わないでくれとも、わたしに懇願しました。

 p99 アイヌに優しかった日本人英雄」を祀る義経神社
 平取を囲む山に向かってジグザグ道を上っていくと、そのてっぺんに木造のお堂が建っていました。義経神社です。あきらかに日本式の建て方ですが、この件に関してアイヌの伝承は何も語っていません。・・・・・・・、漆も塗ってない簡素なお堂で、奥に棚があり、そこに小さな祭壇があって、象眼を施した真鍮製の鎧を着た歴史的な英雄・義経の象、金属製の御幣、変色した真鍮製の燭台、帆掛け船を描いた中国式の色彩画が納まっています。
 ここでわたしは山間アイヌの偉大なる神にひきあわされたのです。海戦での手柄ゆえにではなく、たんに自分たちに優しかったと先祖代々つたえられているゆえに義経を忘れまいとするアイヌの人々・・・・。心優しく礼儀正しい彼らは、わたしが自分の神にしか礼拝できない旨を告げると、それ以上は私に何も言いませんでした。