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川村元気 『億男』(マガジンハウス)

 作者は何年か前話題になったTVドラマ『電車男』をプロデュースした人。知り合いに、「たまには世間で流行ってるこんな本も読んでみたら」と紹介された。
 テーマをひとことで言うと「お金と幸せの関係」。『億男』というギョッとするようなキャッチフレーズは、「この本には、世の中のだれもが、この何千年も気にしてきたことが書いてあるよ」ということを見事に表現している。本屋で平積みされたときはずいぶん目立ったはずだ。川村元気の人となりはよく知らないが、マーケティングとかメディア制作とか、需要喚起にかかわる仕事の才能に恵まれた人なのだろう。目次のサブタイトルも、「一男の世界」、「九十九の金」、「十和子の愛」、「百瀬の賭」、「千住の罪」、「万佐子の欲」、「億男の未来」と、腕利きコピーライターのワザである。
 主人公の一男はストイックなまでにまじめな男。美しい妻とバレエを習うかわいい娘を愛している。その一男が、三千万円の借金をした弟の保証人になったばっかりに極貧におちいり、妻は娘を連れて別居してしまう。そうした一男がふとした偶然から三億円の宝くじに当たってしまうのだが、その三億円を手にした途端に、いまは億万長者である大学時代の親友に盗まれてしまう・・・・・こうしたところからこのドラマは始まり、「お金と幸せの関係」についてさまざまなエピソードが綴られていく。
 作者によれば、お金の本質とは「信用」である。お金とは「信用」されなければきれいに印刷されたただの紙切れだから、これはお金の新しい見方でもなんでもない。いっぽう「愛」も、信用されなければ美しく語られたただの言葉にすぎないのだから、愛とお金はとても似ている。そのあたり、この本のテーマである「お金と幸せの関係」は簡単な方程式では解きようのない「微妙な関係」なのだ、と川村元気は言いたいのかもしれない。
 『億男』の中には、(会話文の中だからあまり気にならないが)親友、信頼、安らぎ、幸せ、といった比較的気恥ずかしい単語が頻繁に登場する。TVを見ていると30〜40歳代の、特に女性が一週間に何度も使う単語である。たぶんこの小説はTV化を前提に書かれているだろうから、想定視聴者像を考えれば親友、信頼、安らぎ、幸せとかは適切な言葉選びなのだと思いたい。しかもハッピーエンドまでの各章は変化と波乱に富んでいてページをめくるのが楽しい。
 読者に少しも身近ではない三億円ものお金が、読者の心臓がひくつくような状況の中で派手に動いて、操り操られる主人公たちの心理は十分わかるようでいて、そのくせ「ウーン!」と唸っても少しもわからなくて・・・・・、TV化された『億男』の大ヒットは約束されたも同然だろう。