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福岡伸一 『せいめいのはなし』(新潮社)1/2

 福岡伸一と、内田 樹、川上弘美朝吹真理子養老孟司との対談集。相手はいずれも生命を単純な機械論や還元主義では捉えない人たちである。
 生命はタンパクという部品の要素と機能が一対一で対応しているのではなく、それらの関係性や統合システムの中でしか語れない――、そのことについて、著者と四人の個性的な対談者が楽しそうに本音を言い合っていることの中に、「自由である」ことの意味が浮かび上がってくる。

 
内田 樹氏と――多細胞動物の組織分化は細胞同士のコミュニケーションで決まる
 p19−20
 内田 「動的平衡」って、それを構成する要素が絶え間なく消長、交換、変化しているにもかかわらず、全体として一定のバランス、つまり、恒常性が保たれている系のことですよね。
 福岡 「生命は機械なんかじゃないよ、生命は流れだよ」と最初に言い出したのはルドルフ・シェーンハイマーです。ユダヤ人の彼が70年ほど前に言い出したことです。生命=機械論は大昔からありますから、その意味ではずいぶん新しい生命観です。彼はずいぶん厳密な実験を、マウスを使ってやりました。マウスの食べ物にアイソトープでマークをつけて、マークされた栄養分がマウスの体内にどう蓄積されるか調べたんです。
 実験結果はシェーンハイマーの予想を鮮やかに裏切っていました。確かにマウスは食べ物を食べて、その一部は燃やされた。しかし、食べ物の半分以上の原子は燃やされずに、マウスの尻尾から頭の先まで体全身に散らばって、あらゆるところに溶け込んでいたんです。そして実験の前後でマウスの体重を厳密に量ったところ、一グラムも変化はなかったんです。ということは、実験の間の数日間で、マウスの体内の原子は大量にぐるぐると入れ替わっていたということです・・・。
 内田 ぼくはこのところ、専門分野じゃないけど、経済活動のことを考えているんです。どうして最近経済がダメなのか。ひょっとするとそれは、経済とは、ボールゲームのパス回しのように、「ものがぐるぐる回る動的平衡にある系のことである」という本質を間違えているからじゃないのか、という気がするんです。
 みんなは、ボールのようなぐるぐる回っている「もの」ばかりに目を奪われていて、動いている商品や貨幣それ自体のうちに運動力が内在していて、自力で回転していると思っている。資本主義者たちの最大の誤謬は、行き交う商品そのものに価値があるからこそ「ぐるぐる回すためのシステムが整備されるべき」と思っているところにある。だから商品が物神化してしまい、肝心な「ぐるぐる回すためのシステム」の整備が後回しになる。
 p28
 内田 だから、商品が物神化するものだから、人はそれを退蔵してしまう。貨幣や商品自体に価値があるとみんな信じ込むから、それを貯めこんで、ぐるぐる回す運動を停止しようとする。
 福岡 まさに今起こっている現象ですね。
 内田 流通している富の総量はどんどん増えているのです。にもかかわらず人々が貧しくなっているのは、富が一部分に集中しているからですよ。人口の1%が富の40%を独占している。貯めこんで、世界中に回すことをしない。自家用ジェットとか、ニースの別荘とか、外洋クルーザーとか、決まりきった形でしか彼らの富は世界に循環しない。全然ファンタスティックじゃないでしょ?富が循環しなくなると、経済システムの生命はだんだん衰弱するに決まっています。
 p35
 福岡 私たち多細胞生物は、受精卵が2つに、4つに、8つに、16にとだんだん分かれて増えていく。でも細胞は、どの細胞をとっても自分が将来なにになるかを全く知らないし、DNAにもなにも書かれていない。オーケストラの指揮者のようなリーダーが「君はこうなりなさい」と命令しているわけでもない。
 細胞がどうやって将来を決めているかというと、前後左右の細胞とパスをし合って決めるんです。あるいは、空気を読みあって決める。もしとなりの細胞が「ハイ、ぼくは筋肉の細胞になります」と最初に手を挙げたら、「じゃあ、私は神経の細胞になりましょう」「オレは骨の細胞になろう」と、何の細胞になるかを、それぞれに情報をパスし合いながら決めていく。つまり、細胞は、周囲の細胞によって自分が決まる。
 学生は大学で一生懸命に「自分探し」をしています。でも「自分」というのは、前後左右上下の細胞との関係性によって、はじめて何になるか決まるわけですから、「自分の中に自分を探し続けると永遠の旅人になるよ」と、私は学生にいつも言っています。
 細胞の中にも永遠の旅人になるものがあります。前後左右上下の細胞とコミュニケーションが取れなくなって、空気が読めなくなった細胞で、ES細胞(胚性幹細胞)と呼ばれています。
 一定の条件下におけばどんな細胞や器官にもなりうるので、再生医療で期待されていますが、コトはそう簡単ではないことがわかってきました。何にでもなりえるのだけれど、誰かがうまく誘導してやらないと、自分では何にもなれずに永遠に増え続けるしかないのです。
 つまり誰かが絶妙にコントロールしてやらないと、ES細胞は単にガン細胞になってしまうのです。いったんガン化した細胞を元に戻すことは、いまだに全くできません。過去100年間、世界中で多大なお金を使って試みてきましたが、うまく行かない。ES細胞に、バラ色の未来を描くことについて、私は非常に懐疑的です。