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福岡伸一 『遺伝子はダメなあなたを愛してる』(朝日新聞出版)2/2

 生物とはすべてのパーツが動的な平衡状態にあるもののこと
 P151−2 分解不可能
 蜂の巣は六角形の規則正しいパターンをしています。合理的な設計に基づいて設計されているように見えます。が、そうではありません。よく見るとどの六角形もどこかいびつで、わずかに歪んでいます。巣の端にいくと小さくなり、ひしゃげています。でもこれが生命のデザインなのです。生命は、鳥瞰的な視点から設計されたものではなく、受精卵内部のたった一点から自分で「発生」してできたものだからです。
 私たちの身体は、心臓、肺、眼球、骨格、筋肉のようにそれぞれ機能をもったパーツが組み合わされてできているように見えますが、それは完成したあとから眺めるからそう思えるだけです。実際は、たった一個の受精卵が細胞分裂を繰り返しながら、相補的に構造を構築していった結果できあがったものです。そこには緊密な相互関係があり、分解可能な「パーツ」は、本来的には存在しません。

 P162−4 地球外生命体
 2011年12月3日、NASAが米カリフォルニア州の塩湖「モノ湖」で、生命にとって不可欠元素であるリンの代わりにヒ素を使っている微小な細菌を発見しました。メディアは一斉に「エイリアン探索に新たな扉を開いた」という感じの報道をしましたが、これは宣伝上手なNASAの広報戦略に乗せられたというべきでしょう。
 むしろこの発見は、生命というものの適応力の柔軟性と可変性の理解に新たな扉を開いたというべきです。もし地球外に生命体がいるとしたら、それはいわゆるE.T.とかエイリアンのようなものでは決してないでしょう。
 そして生命の原理も、リンの代わりにヒ素、といった地球生物の延長線上にあるのではなく、全く異なった仕組みに基づくものではないでしょうか。つまり、たとえ遭遇しても、すぐにはそれが生命体とは認識できない何者かとして私たちの前に立ち現れるのではないでしょうか。フィリップ・ボールが著書『かたち』のなかで、「火星の生き物を探す最善のやり方は、土をふるいにかけて虫を探すことではなく、化学的な環境を分析して、それが死の平衡状態にない、つまり化学物質が絶え間なく離散集合している目印を探すことである」と書いているのも同じことを言っています。(本ブログ2015年3月9日)

 P184−5 ホタルの光
 ホタルはどうやって光を出すのでしょうか。それは」、ほとんどの生物がエネルギー源にしているATP(アデノシン三リン酸)を使って、ルシフェリンという発光物質を酸化するという方法によってです。ホタルのお尻では、ルシフェラーゼという酵素がこの酸化反応を実に巧みに進行させています。これがホタルの冷たい光の秘密です。
 太陽光エネルギーをATPに変える植物の光合成酵素反応です。生命が何億年もかかって作り上げた巧妙なエネルギー変換の仕組みに、人間の工学はまだまだ太刀打ちできません。植物の光合成の光―エネルギー変換効率はほぼ100%近いのですが、太陽電池はいまのところせいぜい15%です。

 働きアリの七割はボーッとしており、一割は怠け者である、まじめなアリだけを選抜しても、その一割は必ず怠けるようになる
 p233−4 ぼーっとしている蟻
 昆虫学者たちが、全員が働き者であるはずの働き蟻を詳しく観察してみると、非常に面白いことが判明してました。全体の七割程度の蟻はぼーっとしており、一割は一生サボっているということが分かったのです。しかもこれは先天的な、つまり遺伝子的に決定された傾向ではなく、よく働く蟻だけ選抜してコロニーをつくっても、またその一部はサボる。サボる蟻だけを選抜してコロニーをつくると蟻は働き始めますが、やはりその中でも何割かがサボる。そういうことが分かったというのです。
 これは次のように説明されます。働かない蟻がいると、環境が急変したり、危機に瀕したとき、遊軍(スペア)をすぐに振り向けることができるから、組織の存続にとっては「ぼーっとしている蟻」がいるほうが有利であると。
 しかし、この説明はあまりにご都合主義に過ぎないでしょうか。「危機」がいつやってくるかは分からないからです。すぐかもしれないし、遠い将来かもしれないし、来ないかもしれない・・・。
 確かに生命は巧妙な生存戦略を編み出していますが、すべてを利己的な遺伝子の合目的性から説明しようとすると、しばしば無理な議論や作り話になってしまいがちで、生命が本来持つ「自由度」が見失われるのではないか、そんなふうに私は思います。むしろ生命のありようには、言葉の本当の意味での「遊び」があり、しばしば環境に対して中立的であり、ある種の寛容性・許容性を持っているように感じます。
 産めよ増やせよ。勤勉は美徳で、怠惰は悪である。これは遺伝子の命令というよりは、支配者が作り出した物語、為政者が編み出した労働と徴税のロジックではないでしょうか。あるいは私たち自身が、自分の運命が遠い星空の運行ではなく、私たちのミクロな内側に潜むリトルピープル=遺伝子の戦略に操られている、と信じたいのかもしれません。