旅行先での二十三枚の美しい風景写真と、それぞれの写真に一通ずつのラブレターを重ねて綴った散文詩集。池澤の多才ぶりがみずみずしく伝わってくる。
空港できみの手を握って別れた後、飛行機に乗った時、
離陸して高く高く上がり、群青の成層圏の空を見た時、
ぼくはこの星が好きだと思った。
それから、どうしてそんな気持ちになったのか、ゆっくりと考えてみた。
そうして、ここがきみが住む星だから、それで好きなんだって気がついた。
他の星にはきみがいない。
考えてみてほしい。きみ一人を地面の上に立たせて、足を地面がしっかり支え、
風が髪の毛の間を吹きぬけ、明るい日ざしがきみの顔を照らすために、
いったいどれだけの時間と偶然が必要だったか。
地球がもう少し冷たくても、あとわずか乾いていても、
紫外線がもうちょっと強くても、きみはいなかった。
何かが少し変わっただけで、きみが見上げる白樺の葉は繁っていなかっだたろうし、
きみが食べるオレンジも実をつけなかった。雪が降る光景を
きみが見ることはなく、ぼくがきみの髪に触れることもなかった。 大好きなその髪。
かぎりなくたくさんの条件をひとつ残らずクリアして、そしてきみがこの星に住むことになった。
行く先々でぼくは風景や人々の中に君のおもかげを見るだろう。
そしてきみに報告するだろう。
きみはぼくの目を経由した自画像をこれからたくさん受け取るだろう。
そういう形で、ぼくはきみへの思いを伝えたいとおもう。