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キャリー・マリス 『マリス博士の奇想天外な人生』(早川文庫)(福岡伸一訳)2/2

 科学を騙る人々
 p174-5
 17世紀、真空を発見したロバート・ボイルはキリスト教徒である。ガラス容器の中にろうそくを灯し、ポンプで空気を抜くと灯が消えることを示した。ボイルによれば、ろうそくが消えたあとガラス容器の中に残されたものこそ、何もない真空である。真空とは何も残っていない状態のことである。
 当然カトリック教会は猛反対した。いかなる場所にも神は遍在するからである。しかし、ボイルはカトリック教会に対し、「私は神の存在を測定する方法を持ち合わせない」 と言ったという。彼にとっては測定可能な対象だけが興味の対象なのであり、神の測定はまた別の問題なのだった。
 将来1000年にわたる気象をコンピュータで予測している人々は、ロバート・ボイルの態度から教訓を学ぶべきである。実際に測定できないこと、理論的根拠のない予測、学会の内部でも意見の相違があること、そういういい加減なことがらでわれわれの生活を混乱させるのは科学を騙る人々である。
 発電所敷地にある地層のズレが、活断層なのか過去の地すべりを示しているだけなのか、それをメディア会見するときに 「活断層であることを否定する根拠は存在していない」 というのは、漠然と不安がる大衆のノドに匕首を突きつける卑怯者の詭弁である。 TVや新聞を見る大衆は、論理的には 「地すべり跡にすぎないことを否定する根拠も存在していない」 ことに気づかないのだから。
 p183
 上空のオゾン層が破壊されているといわれているが、この説は科学的には無意味である。オゾン層に長期的に大きな穴が開けば、次のようなこと起こるはずである。
 太陽からの紫外線はそのオゾンホールを通り抜けて地球の大気を直撃する。大気の層は何キロもの厚みがあり、そこに含まれている酸素が紫外線を吸収する。するとそのエネルギーによって酸素からオゾンが生成され、穴を埋める。つまり、太陽が発した紫外線が酸素に出会うとオゾンが発生するのである。発生したオゾンは紫外線を吸収し、紫外線がそれ以上、下層にある酸素に達するのを防ぐ。私たちが呼吸する酸素が地表面にあり、上空にオゾン層があるのはこのメカニズムによるものだ。
 大気からすべての酸素をなくさないかぎり、オゾンをなくすことはできない。そして、植物が大量の酸素を供給し続けているかぎり、大気からすべての酸素をなくすことはできない。上空のオゾン層は自律的に調節されているのだ。仮に何かを測定してオゾン量が減っていたとしても、それは地球の自律作用をわれわれがまだほとんど知らない、という単純な事実を教えてくれているにすぎない。
 人間は、嵐を作り出すことも、稲妻をもたらすこともできない。ある年にはエルニーニョ現象をひきおこし、つぎの年にはそれをやめるといった芸当もできない。洪水をわざとひきおこすこともできない。気候変動は超大型コンピュータにとってもまったくの謎であり、私たちはその中から生まれでてきたのである。
 ハッブル宇宙望遠鏡のような装置と技術を駆使しても、地球を日夜取り囲むこの宇宙空間のささやきや震えの微妙な組み合わせを知るためにはほとんど無力である。たとえ今後何千年が経過しても、人類は無力のままであろう。(p315)

 エイズの真相
 p271-6
エイズの原因はレトロウィルスHIVとされている。レトロウィルスはどこにでもいるウィルスであり、人類と同じくらい長く、この地球上に存在している。
 われわれはレトロウィルスを母親から受け取ることもある。レトロウィルスは感染性のウィルス粒子だということである。だからわれわれはゲノムの中にもレトロウィルス固有の配列を保持している。そしてその一部はHIVのような構造をしている。
 しかしこれまで、レトロウィルスが人間を死に至らしめたことを報告する学術論文は一篇も存在しない。何人かのエイズ患者の中にHIV抗体を見つけたというアメリカ保健衛生局(CDC)の報告がいくつか存在するだけである。
 ウィルスに対する抗体はつねに過去の病気の痕跡であって、HIV侵入の証拠ではあるが、HIVエイズをひきおこしたという直接証拠ではない。エイズ発症の直接原因はまだ誰にも分かっていないのだ。
 分かっているのは次の統計学的原則だけである。ある人間が複数の人間と非常に親密な接触をするなら、この人間の免疫系が処理しなければならない感染性病原体の数は増える。もし、ある人Aが1年間に300回の性的接触があり、その人の相手も各々1年間に300回の性的接触があったとしたら、この人間Aは、単一の関係しか持たないような人に比べて感染の機会は9万倍に増えるのである。
 エイズは「天罰」でもなければ、不条理でもない。われわれの社会の一部が、ある生活スタイルを試みた結果、不運にも病気になってしまっただけの話なのだ。