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ジュンパ・ラヒリ 『停電の夜に』(新潮社)

 ごくありふれた日常のしぐさを(訳者あとがきにあるように)緻密な観察力を土台にした肌理の細かい文章で描いた、九篇からなる短編集。どの作にもたいした事件は何も起きないのに、話の運びの巧みさと登場人物のデリケートな会話は、それだけで魅力的である。翻訳者のたしかな技量もあるのだろう。
 ジュンパ・ラヒリは幼いときに両親と渡米し、ロードアイランド州で育ったたいへんな美人のインド人女性。が、どの挿話にも民族性が振りかざされたり、そのことでドラマが盛り上がったりはしない。それでいて、アメリカで暮らすインド系知識人の、日本人のそれとはまた異なる、アメリカ文化に対する違和感が毎ページのように読者に伝わってくる。
 作者はこの自身初の短編集によって、2000年度のピューリッツア賞を受けている。初めて単行本を出した新人作家としては異例の受賞らしい。さらに、第九篇の『三度目で最後の大陸』は雑誌・ニューヨーカーにも転載されたのだが、これは同誌が選ぶ 「アメリカ文学の未来を背負って立つべき40歳以下の作家20名」 という企画だったという。自国文化に対する遠慮のない批判を、それが品のよいものでさえあれば積極的に受け入れるところは、まちがいなくアメリカという国のいいところだろう。