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池澤夏樹 『アトミックボックス』(毎日新聞社)

 1980年代の半ば、自民党の大物が主導し三菱、日立、東芝などが参画した国家機密の原子爆弾開発プロジェクトがあった。原爆実物をつくろうというのではないが、爆縮レンズや起爆剤の精密雷管など主要部品の設計を完成しておき、原発内に蓄積されつつあるプルトニウムを爆薬にあてる計画だった。
 計画そのものはこの自民党の大物が言い出したものではなかった。アメリカの「核の傘」は究極の事態になっても信頼できるものなのか・・・・・、日本が冷戦の東側から攻撃されたばあい、アメリカはニューヨークが再反撃される危険を冒しても日本に代わって本当に反撃してくれるのかという、政治家なら誰でも考える国際政治戦略の常識に沿った国家マネジメントの一環だった。
 機密プロジェクトはしばらく順調に進むものの、突然中止される。主人公の父たちメンバーは研究内容を漏らさないことだけを条件に、高額の終身年金などで手厚く「保護」される。しかし、もちろんその保護とは終身「監視」のことにほかならない。監視中にメンバーが不審な行動をとればいつ闇に葬られようと知れたものではない。そのことを感じとった父は研究データの一部をコピーして隠匿する。自分の身に何かあれば国家機密は自動的に公開されると当局に知らせ、相手をフリーズ状態にするために・・・・・・・。

 「多分存在したであろう」戦後日本の原爆製造計画を、「絶対あった」と思わせる池澤夏樹の筆力。中ほどのアメリカと北朝鮮の介入には思わずドキリとさせられる。引きずられない読者は少ないに違いない。結末は、半分を過ぎるあたりから十分予測できるのだが、そのとおりややイージーゴーイングに導かれても読者は何の不満も抱かない。池澤作品の多くが読者レビューでハイスコアをとるはずである。福島原発関連の新聞記事のトーンにはいい加減うんざりしている人も、この小説の登場人物の次のひとことにはうなずくことだろう。
 p349
 チェルノブイリ炉心融解という見出しの文字を見て(主人公の父の)耕三は(父の同僚の)金田が言っていたことを思い出した。金田は「発電所は恐い」と言った。製造後は爆発するまで眠らせておけばいいだけの原爆に比べたら、超臨界状態をずっと維持しなければならない発電所の方が恐いと。