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岸田 秀 『歴史を精神分析する』(中公文庫)1/2

 官僚病――自閉的共同体の病
 p16−7、22、60
 大東亜戦争における日本軍の惨敗の原因は、物量の差ではない。ましてや兵士たちの戦意や勇気の不足ではなかった。大東亜戦争における日本兵ほど身を犠牲にして戦った兵士がほかにいただろうか。物量の差のために負けたというのは軍部官僚の卑怯な逃げ口上である。物量の差のために必然的に敗れるのであれば、そのような戦はしないのが軍部というものである。それに、ミッドウェイ海戦のように、物量的にアメリカ軍より優位にあったときも、日本軍は惨敗している。最大の敗因は全体的戦略の欠落と個々の作戦のまずさであり、それは軍部官僚の責任である。
 官僚であるという点では大蔵官僚も厚生官僚も軍部官僚と変わりがない。それは彼らが田畑にしがみつく村落共同体のような、外部世界とかかわりを持ちたくないことを基本的心性とする自閉的共同体に住む人間だということである。田畑にしがみつく村落共同体においては、内部で起こった不祥事については外部世界にもれることを極端に嫌う。つまり軍部でも厚生省でも、具合の悪いことはすべてが隠蔽される。愚かな作戦を立てた辻正信参謀のような人間は追放されず、ノモンハンでもガダルカナルでも次々に同じような作戦を強行して大損害を出し、兵士たちはいたずらに戦死したのである。その辻正信を賛美した新刊本が今でもときどき出て、大手紙に広告が出て、一定の数が売れている。戦死した兵士の故郷で、弟や妹の子供たちが辻の賛美本を買うのでは、兵士はさぞ浮かばれまい。
 間違った判断をした官僚でも、起きた事態はまったく同じである。サリドマイド事件のとき、そのあとのスモン事件のときの厚生省薬務局長で、「薬品には副作用がつきもので、ときに事故が起きるのはやむをえない」などと発言して製薬会社を弁護した人物は免官されず、厚生省共同体に属しているミドリ十字天下りした。この男は、天下り先でも同じような間違いを犯し、利鞘の大きい非加熱製剤を大量に売りさばいてエイズを日本全国に広めまくった張本人である。
 厚生官僚共同体も自分たちの「土地」にしがみつく自閉的共同体なのだから、その共同体の中では信望の厚い人物なだろう。仲間の幸福を守る上では有能だったのだろう。だからこそ厚生省の局長からミドリ十字天下りできたのだろう。
 そういう彼が血友病患者のことを案じて共同体の利益に反することをするわけがない。彼の行為は業務上過失致死どころではなく殺人罪に該当すると思うが、このような場合、彼個人を道義的に避難してみてもまったく無効である。厚生省という官僚組織が、その中の一個人がどれほど薄情な人間であろうとも、組織人としては国民の健康を守らざるを得ない・・・・、そのような構造になっていてはじめて、責任者を重い刑事罰に追い込むことができるのだが、そのようなことは村役場から中央省庁まで、「官僚」の定義と矛盾することである。