アクセス数:アクセスカウンター

アガサ・クリスティ 『春にして君を離れ』(ハヤカワ文庫)

 鈍感で自己満足が強いとされ、揶揄と冷笑のネタになりやすいイギリス中流婦人。その、滑稽だが笑ってばかりいられない認識のあり方をめぐる切ない話だ。
 ディケンズ『大いなる遺産』には、自分の生家と嫁ぎ先の系図を特別に装丁した本を持ち、毎日それを庭の木陰で眺めながらうたた寝する下流貴族夫人が書かれていた。また、平野啓一郎『葬送』では、病身のショパンが彼を慕うイギリス女性の自宅に連れて行かれ、女性の母親から一週間のあいだその家の祖先の話を聞かされて、ショパンは病気をなおのこと重くしてしまった。しかしショパンを慕う女性は、両親の話をおとなしく聞いているショパンの顔色が日ごとに悪くなっていく理由が分からなかった。

 私はアガサ・クリスティをTVドラマや映画数本でしか知らないが、彼女にこのような、サスペンスとはまったく異分野の辛辣な作品のあることは知らなかった。読者レビューの中ではクリスティの最高傑作であるという人も多い。
 主人公ジョーンは名門私立女学校の卒業面接にあたり、名物校長から個人的な訓辞を受ける。「少し厳しいかもしれませんが、ジョーン、あなたには自分を中心にしてものごとを考える癖があります。もう少し自分はどんな人間なのかをときどきは見つめることを、世の中はあなたに求めるとも思います」という辛口のはなむけの言葉だった。しかし何十年かののち、苦境に立つことになったジョーンはこの校長の言葉を思い返すのだが、それは「校長先生もあんまりだわ」という自己弁護でしかなかった。「わたしはいつも人のことばかり考えて暮らしてきた。自分のことなんて考えたことがないくらいだった。三人の子供たちや夫ロドニーのことばかり考えてきたのに・・・・・。」(p171)
 イギリス中流階級の弁護士家庭だから、三人の子供はジョーンに対してとても丁寧な言葉づかいで接する。しかし長女こそロンドンに住んでいるが、次女はバグダッド、末っ子に至っては南アフリカに仕事を見つけてしまう。三人とも母親には慇懃な言葉を連ねたはがきをたまによこすだけ。父親には別に連絡を取っているかもしれないのがジョーンにはとても寂しく、その理由が彼女にはまったく分からない。「わたし思ってもみなかったわ」とジョーンはすすり上げる。「あんなに大事に育てた自分の子供にこんな仕打ちをされるなんて・・・・」(p119)
 若くして亡くなった女学校時代の友人レスリーの墓前で、ジョーンは 「レスリーの墓碑銘がつまらない、夫が成功しなかった人にふさわしく、きっと天国も平凡にちがいない」と言い出す。夫ロドニーが訊く。「じゃあ、きみは、天国をどんなところだと思ってるの、ジョーン?」 「そうねえ、輝く黄金の門とか、むろん、そんなんじゃありませんわ。わたし、天国を一つの国家と考えたいの。誰もが何かすばらしい形で最善を尽くし、世界がもっと美しい、幸せな場所になるように協力するのに忙しい、そんなところだと思いたいんですの。奉仕、それが私の考える天国かしら。」 結婚25年たった今でもロドニーは少し驚いて笑った、「度しがたい道徳家なんだなあ、きみは」。
 このジョーンが、病気だという次女を見舞うために、はるばるバグダッドまで押しかけて行って、その帰り道でいろいろな苦難に遭う、というところからこの面白い小説は始まる。