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ピエール・ルメートル 『天国でまた会おう』上下(ハヤカワ文庫)

 第一次大戦後、フランスで起きた(かもしれない)大規模な戦没兵士墓地をめぐるスキャンダルの話。2013年の新しい作品。
 冒頭に、自分の立身しか頭にない貴族の中尉が登場する。自軍を無理やり前進させるために、「敵軍だ!」と嘘を叫びながら、敵の流れ弾に見せかけて部下を背後から撃つ卑劣な男である。
 その中尉が戦後になると、没落した家を再興するために詐欺事件を起こす。100万人以上にのぼる戦没兵士を公立墓地に埋葬しなおす事業に乗り出し、大人の遺体を130センチほどの子供用棺桶に折りたたんで入れるということをやったのだ。大人用棺桶は180センチが標準サイズなのに、それを「棺桶屋の間違いで」50センチも短く作り、その材料費の差額を自分の懐に入れるというなんとも姑息な詐欺だが、この事件が物語全体の布石になっている。

 同じ作家の前作、2011年に発表した犯罪小説『その女アレックス』は、喉に80%の濃硫酸を流し込み首から上をどろどろに溶けた状態にするという連続殺人女を描いたものだった。邦訳でもベストセラーになったらしいが、わたしには手口のむごさだけが読後も残り、あまり感じいいものではなかった。
 対して、この『天国でまた会おう』は発表年にゴンクール賞をとったというだけあって、スリリングな筋立て、さもありなんという登場人物の人物描写に遺漏がない。なかでも、二人の主人公のうちの一人、画才には恵まれたが反社会的かつ奇矯な性格のエドゥアール・ペリクールと、その父親の富裕な実業家マルセル・ペリクールが印象に残る。
 エドゥアールは、もう一人の主人公、何をやってものろまなアルベールが戦場で砲弾痕の穴に落ち込んで生き埋めになるところを助けようとする。そのとき迫撃砲の破片が横から飛んできて下顎全体がなくなってしまう。それでも命は助かる。しかし顎がないからエドゥアールは言葉を一切喋れない。二人は筆談だけの滑稽な共同生活を始めるのだが、エドゥアールは、やがてそうしたなかでフランス全土を巻き込む一大詐欺を思いつく。
 詐欺の仕組みは鎮痛用のモルヒネと生来の造形才能が見事に結びついたものだった。それは、思慮深く実業家としては有能だったが、妻と息子を少しも顧みなかった父親マルセルと、そうした拝金主義を体制として後押ししたフランス政界、その両方を手玉に取ろうとする天才的な計画だった・・・・・。計画の全貌がわかったとき、読者は息をのむ。
 「新聞もTVも見ないが世の中のことは何でも知っている」いかにもフランス人の手になった一流作品だ。エピローグでの父・マルセル・ペリクールの息子に対する思いも、ごく自然な感情が現われたもので読者が納得できるものだった。