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トーマス・クーン 『科学革命の構造』(みすず書房)

 パラダイムー変わりゆく時代の空気の下にある大きな方程式ーとはどういったものなのか。それを科学分野に限って、たとえばプトレマイオスの宇宙観がコペルニクスの宇宙観に変るという「革命」が起きたとき、その時代の学者の意識の中ではどんなことが起きていたのか・・・・・、著者はそこには常に変わらない<革命の構造>があるということを説く。
 科学哲学の名著だということだが、それほど難しいことを言っているわけではないのに、言葉づかいに昔のドイツ観念論のようなところがあり、また使う単語にも多義性があって、かなり読みづらい。以下の抜書きは、意味だけをとって、だいぶ書き変えている。

 p118-23

 17世紀の科学の伝統に与えたニュートンインパクトは、パラダイムの移行の際に起こる微妙な効果をみごとに示している。
 それ以前にあっては、スコラ学者は、石が落ちるのはその石の「本質」が、石をして宇宙の中心に向かって追いやるからだ、というような説明をしていた。ところが17世紀に入ると、デカルトなどが新しく機械的・粒子的な説明を行うようになり、いろいろな科学分野に大きな実りをもたらすようになった。
 ニュートンはこれらの結果を彼の運動法則の中に取り入れた。作用と反作用の力は等しいとする彼の第三法則は、二つの物体が衝突する際の運動量の変化の問題であり、デカルトなど17世紀の先人が作りあげた力学のパラダイムを受け継いだものである。そしてニュートンの仕事から生じるパラダイムの効果は、当時まだ命脈を保っていたスコラ科学の「正統」な規準に破壊的な変更をもたらした。
 重力を物質粒子間に働く引力と解するニュートン説は、アインシュタイン重力波方程式を知っている今から考えてみれば、スコラ学者の言う「落下の傾向」と同じような玄妙不可思議な説明である。しかし、ニュートンの粒子説の規準が効果を持つあいだは、彼の力学的説明は『プリンキピア』をパラダイムとして受け入れる人にとって最も魅力的な解答であった。18世紀の多くの科学者たちもニュートンにならった。彼の説明の「玄妙」性に違和感を覚える学者は数多くいたが、彼らとて重力をうまく説明できるわけではなかった・・・・・・・・。


 20世紀になってアインシュタインは重力的引力を説明するのに成功し、彼の一般相対性理論は科学を、言ってみればニュートンの先達に近い規準に復帰させた。さらにまた量子力学の発展は、18世紀の科学革命で確立されたかに見える方法上のタブーを逆転させた。いまや、量子力学を用いないでは、化学者は実験室でつくられる物質の結合状態をうまく説明できない。現代物理学における空間は、ニュートンの理論に使われたようなのっぺらぼうで均質な空間ではないのだ。
 この種の判断を長期間にわたって正当化する大きな理論は何も存在しない。実際に起こったことは、基準の絶対的な正誤とは関係がない。ただ新しいパラダイムを多くの人が採用したから変化が生じただけである。そしてこの変化は、さらに逆転することがあり得る。