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ミシェル・ウェルベック 『プラットフォーム』(角川書店)

 高級?ポルノ小説だ。えげつないセックス描写だけで読者を引っぱっているところがある。
 半年前に読んだ『素粒子』はすばらしい作品だった。デカルトパスカルヴァレリーサルトルなどに短くも鋭く言及しながら圧倒的なストーリー構築力でヨーロッパ文明の末期的症状を読者に突きつけるものだった。
 物質生活がこれほどに豊かに便利になっているのに、白人社会には人口減少という衰亡の徴候がはっきりと表れている。この末期的症状に対処しようと、『素粒子』の主人公は植物から人類まで共通の二重螺旋構造という遺伝子コード複製のトポロジーを変えようという絶望的な挑戦をする。もちろんこの挑戦は失敗し、作品全体は救いのないペシミズムに覆われていく・・・・・。
 いっぽうこの『プラットフォーム』では、西欧文明の閉塞感は西欧人のセックスライフのやりきれなさにあるとする。そうだから、西欧とはまるで異なる性愛観を持つ南アジア人との性交流企画を大がかりに実践することが末期症状を救うてだてになるのではないか、とする。作者がどこまで「本気」なのかはわからない
 南アジアのセックスツアー企画に「これからのヨーロッパ人の桃源郷の土台(プラットフォーム)」を見出そうとするこの小説は、たぶん構想そのものに軽いニヒリズム・フランセーズがある。最初の小説『素粒子』が大力作SFだっただけに、3作目となる本作に対してネットには大げさで物騒な噂と書評があふれていた。しかし半分ほど読んで拍子抜けしてしまった。
 ただし、西ヨーロッパの人口減少が止まらない理由、あまりに先頭を走りすぎて楽しくなくなってしまったパリのセックス産業の実態、宗教としてのイスラムを一般的フランス人は本音としてどう思っているかなどは、露骨な言葉づかいで戯画化されているので読んでいて楽しい。

 成功する女は男の価値観を横取りする p146
 このさき女性はますます男性化するだろう。いまのところはまだ、自分が魅力的であるかどうかは女にとって大問題だが、フェミニズムの助けを借りて仕事や出世に夢中になればなるほど、彼女たちはそれまでバカにしてきた手っ取り早い道を見つけるようになる。要するに彼女たちもまたセックスに金を払うようになる。そしてセックス観光に向かうようになる。女性たちは男性的な価値観にすぐ順応できるんだよ。仕事のできる女ほど。

 イスラムに比べれば、カトリックはすばらしい多神教 P252
 「イスラムはすべての宗教の中で最もラディカルな一神教だ。イスラムは誕生してからずっと、侵略と虐殺の戦争をくりかえしてきた。イスラムが存在しているかぎり、世界が平和になるわけがない。アラブ人にも数学者、詩人はいたかもしれないが、それは彼らがあまり熱心な信者ではなかったからだ。誰だってコーランを読めば、あの独特のトートロジー、「唯一の神をおいてほかに神なし」、などといった嘆かわしいムードに唖然とせずにはいられない。いわれるとおり、一神教への道は一般民衆を白痴化する道にほかならない。もっとも砂漠のなかだけの話なら、それでよかったんだがね。
 「それならカトリックはどうか?じつによくできた宗教だ。カトリックは人の本質がどういうものかよく知っていた。それで初期の教義が課した一神教からすぐ離れた。イエスが考えもしなかった三位一体の(ギリシア幾何学の)ドグマ、マリアと聖人の崇拝、地獄の鬼の役割の認識、天使の発明、などを通して徐々に正真正銘の多神教を確立していった。だからこそカトリックはゲルマンやイスパニアやロシアの伝統宗教を自分の長い腕の中にすっぽりと入れることができたのさ。