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ジョン・ダワー 『アメリカ 暴力の世紀』(岩波書店)2/2

 p116-7

 独善的な人間は相手の心理を正確におし測ることができない。それは個人でも軍隊の官僚組織でも同じである。1961年から68年まで国防長官を務めたロバート・マクマナラは、そのあと何十年もたって、2003年、ベトナム戦争敗北の原因について初めて簡潔な説明をした。

 「敵の立場に身を置き、彼らの目でわれわれ自身を見つめ、彼らの決定と行動の背景にある考え方を理解しなければ、われわれの作戦は成功しない。自分と同僚たちは当時、東西冷戦という視点からしベトナム戦争を捉えることができなかった。ベトナムが長い間植民地主義と戦ってきたこと、そして第2次大戦時代から内戦が自国を二分してきたことを無視してきた」とマクナマラは告白した。すなわち、敵の歴史や国民的性格に対する深刻な無知がアメリカの敗北の基本にあった、ということを認めたわけである。

 しかしこのマクナマラの自戒の発言があったまさにそのとき、ジョージ・ブッシュ政権の国防長官・ラムズフェルドと同僚たちは、ベトナムのジャングルとは気候だけが違う「砂漠の泥沼」に陥る危険性をまったく無視して、イラク侵略を開始しようとしていたのだった。
 彼らの頭の中では、敵が「巨悪としての共産主義」から「テロリスト」に変わっただけだったのである。そのような大規模な軍事介入が裏目に出て、テロリズムを衰退させるどころか増強させてしまうことを、アメリカの最高責任者たちは想像すらできなかった。
 敵を侮る自信過剰と独善の前にはベトナムの苦い経験はなんら活かされず、アメリカは草の根レベルでの強い抵抗があるなどとは予測もしていなかったし、ましてや部族レベルでの反乱が起きるなどとは考えてもいなかった。軍事面での強大な「技術的非対称性」の前には、つまり“圧倒的にわれわれは強いのだから”、てこずる敵など存在しないと考えるのが、アメリカという国の、第二次大戦勝利以来いつも変わらない「常識」なのだった。