アクセス数:アクセスカウンター

孫崎 享 『戦後史の正体』(創元社)1/2

 著者は外務省でイラン大使、国際情報局長などを経た後、2009年まで防衛大学校教授を務めた人。外務省時代、一貫して対米自主路線を鮮明に打ちだし、圧倒的多数派を占める対米追随派に囲まれて冷飯を食わされるときも長かったようだ。

 戦後史の正体というタイトルはどこかしら「暴露本」という印象を与えるが――そのせいもあって私自身買ってしばらくは本棚に置いたままにしていたのだが――読んでみると、たしかに読者をびっくりさせる「暴露」はしているものの、それは、全国紙、高級官僚、主要閣僚、総理大臣たちの対米追随ぶりがいかにひどいかを、そして彼らを走狗にさせた大戦後の米軍司令部、その上の国務省国防総省、CIAの日本支配戦略がいかに巧妙であったかを、一級史料を示しながら読者に分かりやすく説明するためだった。この本は決してキワモノの暴露本ではない。

 戦後の総理大臣や外務大臣には、積極的に対米自主外交を行おうとしてアメリカに働きかけた人も意外と多くいる。そして本書を読み進めていくと、それらの大半がホワイトハウスペンタゴン、CIAなどにいつの間にか手足を縛られ、辞職を余儀なくされ、あるいは田中角栄のように検察特捜部の手で政治生命を絶たれたことがわかってくる。

 p11 

 日本人だけが国際政治に陰謀を見ようとしない

 国際政治の現場にいないと、「それは陰謀論だろう」などと容易に言ってしまうことになります。しかし、少しでも歴史の勉強をすると、国際政治のかなりの部分が謀略によって動いていることが分かります。日本も戦前、中国大陸では数々の謀略をしかけていますし、アメリカもベトナム戦争トンキン湾事件という謀略をしかけ、北爆の口実としたことが明らかになっています。

 もっとひどい例としては、ケネディの時代、アメリカの軍部が自国の艦船を撃沈させ、それを理由にキューバ侵攻を企てていたことがわかっています。ケネディがこの計画を却下したので実行はされませんでしたが、当時の参謀本部議長のサイン入り文書をワシントン大学公文書館で見ることができます。学者や評論家がそうした事実を知らないまま国際政治を語っているのは、世界で日本だけでしょう。

 

 敗戦の3日目に米軍用の慰安施設を作った内務省 

 半藤一利さんの『昭和史』には驚くべきことが書いてあります。
 「8月18日に進駐軍にサービスするための「特殊慰安施設」が作られ、すぐ慰安婦募集がされました。いいですか、敗戦の3日目ですよ」
 「内務省の橋本警備局長が各府県の知事に、占領軍のためのサービスガールを集めたいと指示を出しました」
 「当時大蔵官僚でのち首相となる池田隼人が幾らくらいかかるのかと聞くと、特殊慰安施設協会副理事長の野本さんが1億くらいですと答えました。池田さんは1億円で純潔が守られるのなら安いと言いました」、というような内容です。

 内務省の警備局長といえば、治安分野の最高責任者です。その人が売春の先頭に立っている。歴史上、占領軍のための慰安婦敗戦国の街に立つことはよくあります。しかし警備局長や後の首相が率先して占領軍のために慰安施設をつくるという国があったでしょうか。

 当時、対米自主外交派の外務大臣だった重光葵(まもる)は有名な日記に書いています。「節操もなく、自主性もない日本民族は、過去においても中国文明や欧米文化の洗礼を受け、漂流していた。そうして今日においては、マッカーサーをまるで神様のように扱っている。その態度は、自分に責任はないことをしきりに訴えようとする陛下から庶民まで、みな同じだ」

 p82・86・88

 日米関係の節目節目で「大きな仕事」をした東京地検特捜部

 検察庁の特捜部は歴史的にアメリカと深い関係を持っています。まず1948年、東京地検特捜部は、占領下で、GHQのために働く捜査機関として発足します。戦争中、旧日本軍が貯蔵していた莫大な資財が行方不明になっていました。1945年10月にはGHQ自身が、東京の三井信託地下倉庫からダイヤモンドをなんと16万カラットも接収しています。
 そうした不当に隠された物資を探し出して、GHQの管理下におくことを目的に設置された「隠匿退蔵物資事件捜査部」が東京地検特捜部の前身です。

 過去の東京地検特捜部長のなかで、もっとも興味深いのは布施健でしょう。布施は戦前はゾルゲ事件の担当検事として有名でした。ゾルゲ事件は戦争直前に対米開戦回避を模索していた近衛内閣を崩壊させる一因となったスパイ事件です。その裏にはアメリカの交錯があったと考えられています。何しろアメリカ政府はヨーロッパ戦線に参加したくてたまらなかったのに、国民の間では非戦気分が強く、ホワイトハウスと軍トップは日本に真珠湾を襲わせ、大西洋と太平洋で一気に戦争に参加しようとする謀略の真っ最中だったのですから。 

 また彼は一部の歴史家が米軍の関与を示唆している下山事件国鉄総裁轢死事件)の主任検事でした。田中角栄が逮捕されたロッキード事件のときは検事総長でした。ゾルゲ、下山、ロッキード、いずれも闇の世界での米国の関与がささやかれているすべての事件に布施健はかかわっています。

 2009年3月、東京地検特捜部は元民主党代表で首相の座に近づいていた小沢一郎を、陸山会事件西松建設事件で逮捕しました。小沢一郎は「日本と中国はもっと緊密になるべき。在日米軍第7艦隊だけでいい」と発言しています。そのときの特捜部長・佐久間達哉氏は、直前まで在米日本大使館に一等書記官として勤務してた人物です。この小沢事件のもっとも重要なポイントは、特捜部と大手メディアがいっせいに始めた攻撃がなければ、同じ年の9月、小沢一郎氏はほぼ確実に日本の首相になっていたということです。

 いまでも日本のヒラの国民の大半は、小沢一郎は策謀家でカネに汚なく、陸山会事件西松建設事件は身から出たサビだと思っています。しかし当時、日本国民が正当な手続きによって選出した指導者を、米国務省日本大使館東京地検から流れた情報を元に大手メディアが排斥しようとしたなら、これは民主主義国家の根幹を揺るがす大問題です。