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ユヴァル・ノア・ハラリ 『サピエンス全史』(河出書房新社)2/7

 上巻 第2章 言語による虚構の獲得が協力を可能にした

 p35-50

 ネアンデルタール人は1対1の喧嘩には強かったが
 情報がモノを言う集団の戦争には弱かった

 7万年前から3万年前の間に、たまたま遺伝子の突然変異が起こり、サピエンスの脳内の配線が変わったらしい。そのことでサピエンスはネアンデルタール人にはなかった新しい種類の言語を使って意思疎通をすることが可能になった。それまでもネアンデルタール人は、「川の近く、たくさんのバイソン、3頭のライオン、気をつけろ!」くらいのことは言えたが、サピエンスは獲得した新しい言語のおかげで仲間たちに「今朝、川が曲がっている所の近くで3頭のライオンがバイソンの群れの跡をたどっているのを見た」とより詳しい情報を正確に伝えることができた。

 詳しい情報が必要なのは狩りをしようとする場合だけにとどまらない。私たちは集団で暮らす社会的動物だから、自分の集団の中で誰が誰を憎んでいるか、誰が誰と寝ているか、誰が正直で誰がずるをするかを知ることはとても重要だ。これらの情報を数十人単位の集団の中で効果的に交換することは、ネアンデルタール人や太古のサピエンスの言語ではむずかしかったに違いない。新しい言語技能を獲得したサピエンスにとってはそれが可能になり、かれらは何時間でも、誰が信頼でき、誰と誰はとなりの集団に近づこうとしていると情報交換ができるようになった。

 もちろん「現にそこにあるもの」だけでなく、自分は見たことも触れたこともないが、どこかには存在するらしいものについても、この情報交換は成立する。すなわち脳内配線の変化による新言語は、伝説や神話、宗教といった「虚構」の獲得を伴っていたのだ。

 ネアンデルタール人はサピエンスよりも大柄で逞しく、氷河時代ユーラシア大陸西部の寒冷な気候にうまく適応していた。最近の遺伝学的証拠からは、彼らの少なくとも一部は肌が白く金髪だったかもしれないといわれている。
 それはともかく、新言語の獲得こそがサピエンスの成功のカギだった。一対一で喧嘩をしたら、ネアンデルタール人はサピエンスを打ち負かしただろう。だが何百人という規模の戦いになったら、ネアンデルタール人にはまったく勝ち目がなかったはずだ。彼らはサピエンスたちが採る「かもしれない作戦」という推測や虚構を創作する能力を持たなかったので、大人数が効果的に協力できなかった。だから、戦争という自分たちが急速に変化しなければならない社会的行動はとることができなかった。