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R・リーキー 『ヒトはどうして人間になったか』(岩波現代選書)1/2

 著者リチャード・リーキーは1972年に東アフリカ・トゥルカナ湖畔でホモ・ハビリス(ハビリスとは「器用な人」の意味)の化石を発見したルイス・リーキーとメアリー・リーキー夫妻の二男。人類最古の時代についての両親のいくつかの大発見をもとに、そこに自分の最新の研究成果も加えて、東アフリカにおける最古のヒト科動物の生々しい資料を一般読者向けに詳細に語っている。
 もっとも最終的な文章は共著者のジャーナリストであるロジャー・レウィンが書いているようで、そのジャーナリスティックな筆致が一般人にとって本書をとっつきやすくしている。

 第6章 古代の生活様式

 p121-2

 アフリカ南部、ホッテントットの一部族であるクン族は、狩猟採集民のほとんどがそうであるように、男が狩りをする一方で、女は堅果類や根茎類や青物など、その季節の中でいちばん美味な食料を採集している。平均的には、大人は一週間に12時間から19時間ほど働くのだが、食料を求める時間としてこれは多い時間とは言えない。少女は15歳あたりで大人の生活を始めるが、少年は少なくとも20歳になるまで大人の世界に足を踏み入れることがない。60歳に達すると彼らはふつう「隠居」し、尊敬されて余生を送る。つまりクン族の社会では、子供と老人は緊張と義務から解放されている。

 早くて15歳から労働生活が始まり、60歳には終わり、その間平均して日におよそ2時間半の労働をするというこの社会は、いったいどのような社会と考えればいいのだろうか。有限な欲求が最小限の努力で満たされる、本質的に豊かな社会という人は多いだろうが、少なくとも、たとえばホッブズが言ったような不潔で、不愉快な、欠乏している社会とは言えないのではないか。

 クン族はサバンナの木立の中で育つモンゴンゴの実を主食としていつでも採ることができる。彼らは日に平均して300の実を食べるが、それには米1100gに相当する栄養分が含まれており、同時に牛肉400g相当の蛋白質が含まれている。それを思えば彼らが私に「世の中にこれほどモンゴンゴの実があるのに、どうして(農業のように)種を蒔かねばならないのか」といったこともよく分かる。毎年、彼らは数千キロの実を集めるが、それ以上の量が、地面に落ちて腐っていくのだ。それほど彼らは「豊か」なのだ。

 p141-2

 クン族のキャンプの正確な構成人数は、場所によって違うが、およそ25人である。25がこうした狩猟採集民の大半にとって平均的な数であり、重要な数らしい。おそらく25人は、最終と狩猟の混合した独特の経済を運営する上で――適当な領域の中で互いに協力しながら食料を獲得する上で――最適な人数なのだろう。

 またこの25人のキャンプの上位にある、人類学者がしばしば方言部族と呼ぶより大きな集団は、世界の多くの異なる地域で調査してもだいたい500人程度である。部族は、技術的に未開な民族について、その社会構造を人為的な単位に分けて分析したがる人類学者が、勝手に作り上げたものではないのだ。未開人自身も方言部族を十分認識しており、帰属意識がかなり強いことが多い。その認識の表面的な印は服装とか身体装飾の様式とかいろいろあるが、なんといっても特有の言語、つまり方言である。だからこそこの500人を方言部族と呼ぶのである。

 部族の役割は、ほぼ男女同数となるのに十分な人口を構成することにあるように思われる。経済活動の基本が家族であり、採集狩猟のための基本的集合がバンドであり、部族はバンドが機能できる最小の生殖集団である。

 仮に25人のバンドでは、結婚可能な年齢に達した若い男性が適当な年齢の女性を見つける機会はかなり少ないだろうし、たとえ適齢の相手がいても、彼女はほぼ確実に近親だろう。近親相姦は人間にとって最大のタブーの一つである。となると、それを避けるための唯一の方法は、よそで相手を見つけることだ。

 アメリカの人類学者ウォッシュバンが婚姻のための基本的集団の大きさを算出したことがある。バンドの平均規模、子供の男女別出生率と死亡率を勘案し、近親相姦回避の必要度をもとにして考えた場合、結婚適齢男女をほぼ等しい割合に確保するには、何人の人口が最低必要になるかを計算したのである。もちろん答えは500となった。採集狩猟民ははるかの大昔から、コンピュータに頼ることなく正しい解答に到達していた。つまり進化の圧力という刃は、長い間に最も効率的な体系を切り取って彼ら自身に与えていたのだ。