p404-14
この巻においてスワンの中でオデットが決定的に変貌し、穏やかな情愛で愛される女性になる。もちろん数十ページ前からその準備は巧みに描かれているのだし、次の篇でスワンがオデットと結婚するのだから、この変貌は予想されていたのだが・・・。読者に否めない唐突感を打ち消すためにプルーストはつぎのように書く。
別れてきたばかりの恋心に、まるで消え行く景色に対するようにもう一度再会したいと思ったものの、別の人になりきったスワンにはもはや持ち合わせない感情の真の情景を目の当たりにするのは至難のわざで、頭のなかはすぐに暗闇となって何も見えなかった。
この無感覚は、汽車に乗った旅人が、実に長いこと暮らした国が見えなくなる前に最後の別れを告げるつもりが眠気に襲われ、どんどんスピードを上げる汽車が自分を遠くに運び去るのを感じつつ帽子を目深にかぶって寝てしまうのと同然である。
p421
そして数日後コンブレーに行く汽車の中で、スワンはオデットをはじめて見たときの、まだ恋に落ちる前のオデットの青白い顔、あまりに痩せこけた頬、やつれた目鼻立ち、隈のできた目をおもいだし、自分の道徳的水準が低下したときにたちまち間歇的に頭をもたげる野卑な口調で、心中にこう言い放つ。「いやはや、自分の人生を何年も台無しにしてしまった。死のうとまで思いつめ、かつてないほどの大恋愛をしてしまった。気にも入らなければ、好みでもない女に!」
この最後の2、3行は、全巻を読み終わったとき、(少なくとも僕にとっては)重大な意味を持つ。