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ユヴァル・ノア・ハラリ 『21 Lessons]』(河出書房新社)2/4

 AIや生物工学は数十年以内に巨大な「無用者階級」を生み出す。
 ベーシックインカムなどの社会実験を本格化しなければならない。

  p38

 AIが社会に対してこれから何をするかを考えるには、まず雇用市場に目を向けるのが最善かもしれない。世界の研究者たちとAIやビッグデータアルゴリズムや生物工学について話を続け、見えない展望にみんながいらいらし始めたときには、魔法の言葉をたった一つ口にするだけで、たちまち彼らの注意を引き戻すことができる。それが「雇用」だ。

 テクノロジー革命は」まもなく、何十億人もの人を雇用市場から排除して巨大な「無用者階級」を新たに生み出し、既存のイデオロギーのどれ一つとして対処法を知らないような社会的・政治的大変動を招くかもしれない。テクノロジーイデオロギーについての話はやたら抽象的で自分たちには縁がないと思っている人も、大量失業、あるいは自分の失業の見通しが強い現実性を帯びてくれば、だれひとり無関心ではいられない。

 p40-2

 AI革命とは、コンピュータが早く賢くなるだけの現象ではない。このことに気づくのが極めて重要だ。この革命にはバイオテクノロジーの飛躍的発展が大いにかかわっている。人間の情動や欲望や選択を支える生化学的なメカニズムの理解が深まるほど、コンピュータは人間の行動を分析したり、人間の意思決定を予測したりすることに上達し、車の運転者や銀行家や弁護士にとって代わったりするのがうまくなる。

 過去数十年の間に、神経科学や行動経済学のような領域での研究のおかげで、科学者は人間のハッキングがはかどり、とくに、人間がどのように意思決定を行うかが、はるかによく理解できるようになった。食物から配偶者まで、私たちの選択はすべて、謎めいた自由意志ではなく、一瞬のうちに確率を計算する何十億個のニューロンによってなされることが判明した。自慢の「人間の直感」も、実際には「パターン認識」に過ぎなかったのだ。優れた運転者や銀行家や弁護士は、交通や投資や交渉についての魔法のような直感を持っているわけではなく、不注意な歩行者や支払い能力のない借り手や不正直な悪人を見抜いて避けているだけだ。

 また、私たちの脳の生化学的なアルゴリズムは、コンピュータに比べてレベルが非常に低いことも判明している。脳のアルゴリズムは都会のジャングルではなくアフリカのサバンナに適応した時代遅れの回路に頼っている。優れた運転者や銀行家や弁護士がときどき愚かな間違いを犯すのも無理はない。

 これは、直感を必要とする課題においてさえAIが人間をしのぎうることを意味している。とくに、AIは「他者」についての直感を求められる仕事では、人間を凌駕する。歩行者がいっぱいの道路で乗り物を運転したり、見知らぬ人にお金を貸したりビジネスの交渉をしたりといった多くの仕事の場面で、情報テクノロジーとバイオテクノロジーを融合させたAIのアルゴリズムは、ホモサピエンスのアフリカ育ちの直感アルゴリズムのはるか上をいく。

 このようにAIは、人間をハッキングすることで、これまでは人間ならではの技能だったものでも、人間をしのごうとしている。機能的核磁気共鳴画像法(fMRI)スキャナーと情報テクノロジー(IT)の連合が、運転者や医師や弁護士の雇用問題と関連するようになるまでは長く曲がりくねった道が続いているが、それも数十年以内にはまっすぐの道筋に変えられるだろう。2050年にはコンピュータが人間の精神科医やボディーガードを務めているかもしれない。すなわちこの分野でも大量の無用者階級が生まれるということだ。

  つい数年前すべての住民に生まれつき一定の所得を保守するベーシックインカム構想がメディア上で話題になったが、これは大量の無用者階級がやがて生み出されてくることに対する社会実験である。フィンランドとかどこか北欧の国での試みだったと記憶しているが、住民投票であっさり否決された。数十年後、街に無用者階級があふれ始めたとき、今度はそんな呑気な否決はできないだろう。どのような層が仕事に見合った高所得を手にし、どのような層がベーシックインカムですべての生活費を賄うようになるのだろうか。