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高村 薫 『レディ・ジョーカー』(新潮文庫)

 グリコ森永事件がこの小説のきっかけになったらしい。

 日本一の日の出ビールの社長が誘拐される。現金20億を支払うという条件で解放されるが、金を手に入れた犯人グループはそれを外部には発表せず、仲間のアジトに隠匿する。会社が支払ったことは事実なのだが、犯人が公表しない以上正規の経理処理ができず、新聞などは不正経理処理ではないかと書き立て、会社トップに大きな負担を与える。 

 もともと日の出ビールは以前にも総会屋などに不正な利益提供をしていた会社だった。競馬仲間5人の犯人グループを率いるのは警察組織の縁の下にいる被害者意識だけが研ぎ澄まされた巡査部長。最終的に合田警部補はこの巡査部長にナイフでさされるが、辛うじて一命だけはとりとめる。

 ビール会社の社長と二人の切れ者副社長は人品骨柄とも第一級の企業戦士で総会屋などと裏取引をする人間ではないのだが、何せ会社が創立100年を超える名門企業。一世紀を超える時間のうちには、永田町・兜町との複雑な駆け引きも何十回もあったに違いなく、現在の役員の誠実さだけでは闇社会の手出し・口出しには耐えられなかったこともあったに違いない。 

 最終章では、株主総会で退任した本編の主人公ともいえる前社長(小説最終盤までは現社長)が暴力団・総会屋系の男に自宅の玄関前で2発の銃弾で倒された。目撃者も遺留品もなく、迷宮入りは間違いない。高村薫らしい作品。