アクセス数:アクセスカウンター

アンドレア・ロック 「脳は眠らない」

 p90
 眼球の動かない深いノンレム(NON Rapid Eye Moving)睡眠に入ると、人間が計画、論理的思考、問題解決など高度な情報処理を行う前頭葉前部皮質は、真っ先にそして急激に活動を低下させる。この活動低下に伴って、活動を支えていたセロトニンとノルエピネフリンの分泌も急激に少なくなる。
 しかし、しばらくすると自由連想を促すアセチルコリンの分泌が増え始め、眼球がすばやく動くレム睡眠状態に移る。このとき脳内の多くの領域は再び活発に動き始めるのだが、ただ一つ高度な情報処理を行う前頭葉前部皮質だけは最後まで眠りこけている。だからこのとき夢を見ると、その夢の中では時間と空間の情報処理が狂い、現実と妄想を区別するチェック機構が働かない。
 レム睡眠中に脳内に大量に分泌されるアセチルコリンは、自由連想を促す一方で運動神経の信号伝達を遮断する機能がある。したがって夢に怖いイメージが現れてそれから逃げようとしても、大量のアセチルコリンのために体はほとんど動かない。多くの人が経験するといういわゆる金縛りの状態はアセチルコリンが演出する。
 p98
 夢のストーリーをそのまま、つまりフロイトが顕在的内容と呼んだものをそのまま、自己セラピーなり心理療法なりに用いるのは有効だろう。しかし解釈は必要ない。隠された意味などないのだから。
 p121
 深いノンレム睡眠状態では学習や注意の集中を助けるセロトニンとノルエピネフリンの分泌が大幅に下がっている。このため夢の途中で目覚めても、即座に思い出そうとしない限り、夢はなかなか思い出せない。
 人間は言葉を持っているから、夢に見た出来事と覚醒時に起きた出来事の記憶を区別できる。だが言葉を持たない動物が夢を覚えていたらどうなるか。人に追い立てられる夢を見たオオカミが、その記憶のために餌付けする人間にも牙を向け続ければ、彼らの子孫が人間と共存して今のように数を増やすことはなかった。夢を自然と忘れられるようになっているおかげで、私たちも動物も幻想と現実を混同するリスクを回避できたのだろう。
 p175
 うつ病患者では、夢を見ているときも、健康人では眠りこけている前頭葉前部皮質や関連皮質部位が活性化されている。問題解決に当たる領域に休憩できる時間がないのだ。起きているときにうつ病患者を特徴づける思考パターンが夜の間もずっと続く。
 p257
 覚醒時も睡眠中も、私たちの意識は、その瞬間に入手できる最善の情報源から、脳が私たちの子供時代からつくりだした世界モデルをベースに機能している。
 覚醒時は外界からの感覚情報と過去の記憶が行動や感情を導くが、睡眠中は外界からの感覚情報がシャットアウトされるため、意識を導く世界モデルは、記憶から引き出され、その人ならではの文脈におかれた情報のみとなる。
 夢の中で何かを感じたりすることは、覚醒時に何かを感じたりすることとただ似ているだけではない。世界モデルをつくりあげる神経回路網にとっては、この二つはまったく同じことなのだ。