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2011-06-01から1ヶ月間の記事一覧

トクヴィル 「フランス二月革命の日々」

疲れる本だった。百五十年前のヨーロッパに乱立していた王国の宮廷の闇は、十人の腹黒い高級廷臣が伝言ゲームをやるような世界である。規模をうんと縮小すれば、徳川の将軍と老中と会津と薩摩と長州と土佐と天皇と関白に、西郷と大久保と松陰が加わって、や…

藤井直敬 「つながる脳」

p110 下位のサルAが上位のサルに対したとき、前頭前野の神経細胞活動のベースラインは不活発になる。しかしさらに下位のサルBに対したときはAのベースラインのレベルは上昇する。 上位下位といった社会文脈は前頭前野で表現されている。この社会文脈は脳…

夏目漱石 「彼岸過迄」

p48 敬太郎は、友人須永の母親のすべっこいくせにアクセントの強い言葉で、舌触りのいい愛嬌をふりかけてくれる折などは、昔から重詰めにして蔵の二階へ仕舞っておいたものを今取り出してきたという風に、出来合い以上の旨さがあるので、紋切り型とは無論思…

フランツ・カフカ 「審判」

学生のとき読んだ『変身』はまったく分からなかったが、今度はそうではない。夕暮れの濃霧のような係争人の架空世界がていねいに説明されて、読む人は「動かしえないもの」に対する無力感にどうすることもできない。全編が暗喩なのだろうがプロットは理解し…

ウィリアム・ジェイムズ 「宗教的経験の諸相」 2

p187 世界は、科学の許容する以上に多面的なものである。常識とか数学とか幻覚とか、私たちの多かれ少なかれ孤立した観念体系による検証とは、結局一体何なのであろうか。世界は、これを扱う人に対して、いつでも彼が求める種類の利益を与えるが、同時にそ…

ウィリアム・ジェイムズ 「宗教的経験の諸相」 1

p26-31 宗教的用語と私たちの生活用語は基本的には同じ言葉である。だから生きた真理の啓示として独自な価値を持つ宗教現象に対しても、私たちは、脾臓や肺や腎臓や性欲の疾患あるいは昂進が原因だとする、まことにみすぼらしい象徴しか供給できないことが…

中村文則 「掏摸」

スリの犯行シーンはなかなかどきどきした。へえ、こんな方法があるんだと、面白い犯罪映画を見るようで何度も感心した。 が、作者は読書範囲の狭い二流作家である。『塔』が何度も出てきて、それは「あらゆるものに背を向けようとする少年時の作者を否定も肯…

伊井直行 「ポケットの中のレワニワ」

上巻四分の三あたりから、ハケン、いじめ、落ちこぼれ、在日外国人難民、低賃金、ネット、新興宗教などが多角形の頂点になって、暗い物語がじわりと始まる。それぞれの頂点には鋭い刃物が潜んでいるわけではないが、鮫の肌に触れると血がにじむような痛みが…

オルハン・パムク 「無垢の博物館」 3

下巻p23・34 「夫の映画の仕事にようやくお金を出す気になったのね?・・・・あなたが来るのはべつにいいけど、お金を待たされるのはもううんざりなの」。わたしの婚約式の直後に結婚していたフュスンからこのような暴言を聞いて、平気な顔でいろというのは…

オルハン・パムク 「無垢の博物館」 2

p168 婚約式の会場で、婚約相手のスィベルは、自らが思い描き計画していた“幸福な人生”がいままさに実現しつつあるので有頂天だった。まるで体の皺の一つ一つに至るまでが、ドレスにあしらわれた真珠や襞や結び目の計算しつくされた美しさに、完璧に見合う…

オルハン・パムク 「無垢の博物館」 1

最初は奇妙なタイトルだと思った。結婚を目前に控えた(『雪』のKaに似た)主人公ケマルが、遠縁の十八歳の(これも『雪』のイペッキに似た)フュスンとふとしたことから情交を重ねる。物語の前半部のケマルは「愛を育もうとする危険な領域には過度に足を踏…