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2013-01-01から1年間の記事一覧

福岡伸一 『ルリボシカミキリの青』(文芸春秋)1/2

p15 邪悪なウィルスは善良な人間の遠い親戚である ウィルスはどこから来たか。最小の自己複製単位であり、構造もシンプルだ。だから一見、ウィルスは生命の出発点、生物の初源形態のように見える。それがだんだん進化して複雑化していったのだと。 否。ウィ…

中井久夫 『隣の病』(ちくま学芸文庫)

同じことが同じときに遠く離れた場所で起こりうる、ということの意味 p20−1 気象学にはテレフェノメノンといわれるものがある。地球を半回りするほどにも隔たった二地点において、まったく別個の二つの事象が同じ動きを示すということである。北米海岸のあ…

シュテファン・ツヴァイク 『昨日の世界]』(みすず書房)2/2

p359 第一次大戦の頃は、言葉はまだ力をもっていた。まだ言葉は、「宣伝」という組織化された虚偽によって死滅するほど酷使されてはいなかった。人々はまだ良心によって書かれた言葉を待っていた。 ロマン・ロランの『戦いを超えて』のような小さな論文、バ…

シュテファン・ツヴァイク 『昨日の世界』(みすず書房)1/2

ヒトラーによる世界破壊の予感に絶望したシュテファン・ツヴァイクが、1940年、逃れたリオデジャネイロのホテルで一冊の資料もないままに書き上げた、大ヨーロッパ世界沈没の回想記である。大戦によって徹底的に破壊される前の「世界に覇をとなえた栄光の…

中井久夫 『精神科医がものを書くとき』(ちくま学芸文庫)2/2

精神科の病気を診る3つのポイント p169-70 精神健康の目安というのは、詳しく挙げていくと十いくつくらいはあるのですが、大きくは次の三つが大事です。この三つが危なくなってくると、普通の接し方では足りなくて、精神科的なテクニックが必要となってきま…

中井久夫 『精神科医がものを書くとき』(ちくま学芸文庫)1/2

著者は今年2013年の文化功労者に選ばれた臨床精神科医である。「天声人語」に「知の巨人」と紹介されてあった。名前さえまったく知らなかったが、ウィキペディアを見ると 「若いころポール・ヴァレリーの研究者となるか、科学者・医者になるか迷った」とあっ…

ガルシア・マルケス 『百年の孤独』(新潮文庫)

数十人の登場人物が大佐アウレリャノ・ブエンディアの家族とその周辺で織りなす、いかにもスペイン語圏らしい、機械とか理性とか社会規範とかが存在しないような、世界の全部を自分の手で小麦の粉からこね出したような、親と子と男と女の愛と憎しみの物語で…

丸谷才一 『持ち重りする薔薇の花』(新潮社)

去年亡くなった大家・丸谷才一が書く弦楽四重奏論(?)。クヮルテットを維持する人事面の微妙さ、四人の仲はいつも微妙にぎくしゃくしているのに、演奏となると実にいいアンサンブルをじっくり聴かせることができる、・・・などという話が、丸谷の学識と教…

養老孟司 『身体の文学史』(新潮選書)

養老孟司によれば、私たちが「身体性」を急速に喪失したのは江戸時代以降のことである。つまり「脳化社会」が始まったのは江戸時代からである。 中世までは、すべての情報の入力・出力は身体を通してのものであった。生きることだけでなく死も、手で触れ、悲…

ガルシア・マルケス 『誘拐の知らせ』(ちくま文庫)

麻薬輸出国コロンビアの、国家としての混乱を深層から描いたエンタテインメント小説。麻薬シンジケートによる政府要人の誘拐によって背面から揺さぶられ、最大の麻薬消費地・アメリカからは正面切っての貿易断絶圧力を受けて、コロンビアの若い熱血大統領の…

内田 樹 『死と身体』(医学書院)2/2

p159−62 「殺人はなぜいけないのか」と問う人間 だいぶ前ですが、テレビ番組で、ある中学生がそこにいた知識人に向かって、「どうして人を殺してはいけないのですか」と質問したところ、誰もそれに対して納得のいく答えができなかったということがありまし…

内田 樹 『死と身体』(医学書院)1/2

P17−8 統合失調症の原因の一つは、母子間のメタコミュニケーションの不調にある 私たちはふだんコミュニケーションの現場で、メッセージのやり取りと同時にメッセージの解読の仕方のついての「メタ・メッセージ」のやり取りをしている。 メッセージとメタ・…

グレゴリー・ロバーツ 『シャンタラム』(新潮文庫)2/2

中巻 p87-8 プロとして法を犯している“ストリート・ピープル”――闇商人どもが、その陰謀と詐欺の入り乱れるネットワークの中に私を受け入れてくれたのには、いくつか理由がある。なかでも重要だったのが私が「白人」だったということである。かつて彼らを牛…

グレゴリー・ロバーツ 『シャンタラム』(新潮文庫)1/2

養老孟司が毎日新聞「2012年の三冊」に挙げていたエンタテインメント小説。インドのスラムとヨーロッパ、アラブの犯罪者世界の混沌を書いた二千ページになろうとする大作だ。二○一一年初訳の近作である。 ヘロイン、暴力、拷問、殺人、スラムの小屋にさえ入…

池田純一 『ウェブ文明論』(新潮選書)2/2

p283−7 ウェブによる社会運動の「ゲーム」化 一部のアメリカ嫌いの人にとってはあきれ果てたこととも言えるが、いまアメリカでは、社会体制・政治体制の根幹である共和制の「リパブリック=徳」ということが議論されている。なにかと言えば 「徳=アメリカ…

池田純一 『ウェブ文明論』(新潮選書 )1/2

「ウェブはもはや一つの文明である」という仮説を著者はたてる。そして、そのウェブの機能を毎日毎日、前に前に進めていくアメリカ社会の技術の深層流を、基本的には肯定的に描く。アメリカ好きの人は下の「あとがき」にあった一節に共感を覚えるだろう。 p…

多田富雄 『生命をめぐる対話』(ちくま文庫)2/2

p217−9 VS 中村桂子(生命誌研究者 理学博士) 「超システムとゲノムの認識学」 多田 生命を還元論で考えて精密機械と片づければ、ある種の人々はそれでいいのかもしれないけれど、生命現象にはそうじゃない部分があります。昔は、あるレセプター(受容体)…

多田富雄 『生命をめぐる対話』(ちくま文庫)1/2

1990年代に『免疫の意味論』、『生命の意味論』という二冊の名著を書いた世界的免疫学者の対談集。『免疫の意味論』、『生命の意味論』のどちらでも、生命における自己と非自己の境界認識の意味が深く掘り下げられていた。読んだときの感動が今でも残ってい…

夏目漱石 『明暗』 (角川文庫)3/3

p64-98 津田と妹のお秀が、カネとお延の態度のことで兄弟喧嘩をする。そのあと、小林という旧知のインテリやくざ男が小遣いせびりかたがた津田を見舞いに来る。その小林から、お秀が吉川夫人を訪ねてカネの工面やお延の態度のことなどを相談したこと、それ…

夏目漱石 『明暗』(角川文庫)2/3

p239 津田の妻お延の眼には、父に頼まれて漢籍を返しに行った時に初めて会った津田の顔がちらちらした。そのときの津田は今の彼と別人ではなかった。といって、今の彼と同人でもなかった。平たく云えば、同じ人が変わったのであった。最初無関心に見えた彼…

夏目漱石 『明暗』(角川文庫)1/3

初めて読んで、ひどく胃を悪くする心理描写に驚いたのは学生時代の終わりごろだったろうか。いま二回目。再読しても、自分の若かったときの場面に出合わせて読めばとてもつらい文章が何十回も出てくるのは同じである。 上巻 p30 「自分は上司・吉川と特別の…

莫 言 『牛』 『築路』(岩波現代文庫)

題名だけ知っている『赤い高粱』の作者でもある莫言(モーイエン)は去年のノーベル賞作家である。中国芸術研究院芸術創作研究センターの教授職にある人らしい。だからいわゆる反体制著作活動をしている人ではない。 『牛』も『築路』も文化大革命まっただ中…

ガルシア・マルケス 『予告された殺人の記録』(新潮文庫)

ガルシア・マルケスははじめて読む。被害者が残忍に切り刻まれた殺人事件だが、その男は殺されて当然の人間だった。犯人も、動機も、場所も、手口も全部が街中の人に知られているという、近代西洋社会ではあまりありえない話が書かれている。 殺人事件のトレ…

ジョナサン・スイフト 『ガリヴァー旅行記』(岩波文庫)2/2

p220 深い思索癖の男とお気楽な女だけが住むラピュータ島にて 「飛んでいる島」ラピュータ島の上層階級はすべて深い思索癖がある。口と耳を適当に外部の者に叩いてもらわないかぎり、ものを言うことも他人のいっている言葉に耳を傾けることもできない。上層…

ジョナサン・スイフト 『ガリヴァー旅行記』(岩波文庫)1/2

言うまでもないことだが、この本は子供向けの冒険奇譚ではない。全編が、上げ潮にあった英国(上層)社会に対する悪態と当てこすりに貫かれた、当時としては危険な「政治小説」である。 巻末に、翻訳者である東大教授平井正穂の、謹厳で有名だったらしい彼に…

夏目漱石 『吾輩は猫である』(岩波文庫)2/2

『吾輩は猫である』には、刊行一世紀後の日本社会の家族崩壊と結婚生活の破綻を、迷亭が詳細に「予言」した箇所がある。数十年前、下宿で読んだときはまったく気がつかなかった、というか、家族とか生活というものの実感がなかったのだろう。脚注を書いた斉…

夏目漱石 『吾輩は猫である』(岩波文庫)1/2

言わずと知れたデビュー作。たった四九歳での絶筆『明暗』よりは少し短いが、漱石全作品中二番目の長編であり、少し小さい活字を使いながらも五○○ページを超える大作である。トルストイ『戦争と平和』やゲーテ『ウィルヘルム・マイスター』といった説教本な…

プルースト 『失われた時を求めて』 第一篇「スワン家のほうへⅠ」1/13

昔、新潮社・井上究一郎訳の8巻本を買って読み始めたわたしもそうだったが、『失われた時を求めて』を読もうとする人は最初の10ページほどで挫折する。岩波文庫の今回の新訳でいうと、有名な「ながいこと私は早めに寝むことにしていた」という書き出しか…

東 浩紀 『ゲーム的リアリズムの誕生』(講談社現代新書)

「オタク」や「萌え」を理解しようとしてよく読まれた『動物化するポストモダン』の続篇である。少なくとも私は、前世紀の最後半にあらわれた「ライトノベル」を誤解していた。民放TVドラマのようなきわめて類型化された登場人物が、ごく少ない語彙と常套…

阿部謹也 『世間とは何か』(講談社現代新書)

ウィキペディアを見ると、著者阿部謹也氏には非常に多くの著作がある。専門は西洋中世史のようだ。「「世間」をキーワードに、「個人」が生まれない日本社会を批判的に研究し独自の日本人論を展開、言論界でも活躍した」とある。一橋大学学長、国立大学協会…