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2016-01-01から1年間の記事一覧

谷崎潤一郎 『蓼食ふ虫』(角川文庫)

男女関係のありように関する谷崎の特異な認識が書かれている。谷崎の後期作品はここから始まるというが、谷崎はもともと「蓼を食う」人だったのだろう。『痴人の愛』を38歳で書き、これは42歳のときの作。 主人公の二人・要と美佐子夫婦は結婚して10年ほど…

ミシェル・ウェルベック 『服従』(河出書房新社)

2022年のフランス大統領選挙でイスラム政権が誕生するという近未来の政治・文明論小説。第一回投票では極右・ファシストの国民戦線候補が一位、イスラム同胞党が二位になるのだが、決選投票で国民は<ファシストよりはイスラムの方がまだまし>と考えた結果…

ピエール・ルメートル 『死のドレスを花婿に』(文春文庫)

男女二人の主人公がいる。男の主人公フランツは深刻な双極性感情障害(いわゆる躁うつ病)を患っている。母親サラも過去同じ病気にかかっていた。彼女が幼いときに両親がナチの強制収容所に送られ、そこで死亡したことに重大な影響を被ったものだった。 フラ…

ピエール・ルメートル 『天国でまた会おう』上下(ハヤカワ文庫)

第一次大戦後、フランスで起きた(かもしれない)大規模な戦没兵士墓地をめぐるスキャンダルの話。2013年の新しい作品。 冒頭に、自分の立身しか頭にない貴族の中尉が登場する。自軍を無理やり前進させるために、「敵軍だ!」と嘘を叫びながら、敵の流れ…

ガルシア・マルケス 『エレンディラ』(岩波文庫)

ガルシア・マルケスは南米コロンビアのノーベル賞作家。下の三つの断片のように、およそ超常現象的なことを、こういうことが起きるのが南米の大地だとして、時に望遠レンズ風な、時に顕微鏡レンズ風な文体で、なにくわぬ顔をして描く。 ラテンアメリカの、北…

ホルヘ・ルイス・ボルヘス 『七つの夜』(野谷 文昭訳)(岩波文庫)

千一夜物語とは、この世の物語には果てがない、という意味。 p82-3 『千一夜物語』がはじめてヨーロッパ語に翻訳されたことは、ヨーロッパのあらゆる文学にとって、最大のできごとだった。当時、18世紀初頭のフランス文学は、自分たちの修辞法が東洋の侵入…

アゴタ・クリストフ 『悪童日記』(ハヤカワepi文庫)

アゴタ・クリストフは1935年生まれ、ハンガリー出身の女性作家。生活上の苦労をいろいろしたあとスイスに移り住み、、大人になってから覚えたフランス語で作品を書いている。 この小説は、同じ文庫の巻末広告で偶然に知った。1991年に日本語訳が出たとき、「…

アガサ・クリスティ 『春にして君を離れ』(ハヤカワ文庫)

鈍感で自己満足が強いとされ、揶揄と冷笑のネタになりやすいイギリス中流婦人。その、滑稽だが笑ってばかりいられない認識のあり方をめぐる切ない話だ。 ディケンズ『大いなる遺産』には、自分の生家と嫁ぎ先の系図を特別に装丁した本を持ち、毎日それを庭の…

宮崎市定 『中国史・下』(岩波文庫)2/2

第三篇 近世史 3.元 4.明 広い中国で反乱を起こすには、大運河を動き回る運送業者の情報網が欠かせなかった P164−5 元の末期、揚子江以南に蜂起した群雄は、後に明の太祖となる朱元璋もその一人だが、ほとんどが当時国家専売だった塩の密売業者である。…

宮崎市定 『中国史』(岩波文庫)1/2

歴史学に多少興味がある人なら一週間程度で通読できるように書かれた中国史の概説書。古代から最近世までが平易な文章で論旨明解に書かれている。 いわゆる京都学派の中心にいた著者は冒頭の総論で「歴史は客観的な学問であるから、誰が書いても同じ結果にな…

池澤夏樹編集 『日本語のために』(河出書房新社)4/4

p432-5 永川玲二 『意味とひびき』 幕末から明治にかけて日本の知識階級はまことに多彩な、ぜいたくな言語生活をしていた。彼らは何種類もの文体を、場合により必要に応じてみごとに使い分ける。手紙ひとつ書くにも、たとえば女が相手なら 「一ふでまゐらせ…

池澤夏樹編集 『日本語のために』(河出書房新社)3/4

福田恒存 『私の国語教室』 第二次大戦敗戦直後に文部省は「国語改革」を行った。かなづかいを話し言葉の発音に合わせることと、漢字の使用制限および略字化の二つを柱とする大幅な表記法の「上からの改革」だった。わたしたちは今すっかりその「指導方針」…

池澤夏樹編集 『日本語のために』(河出書房新社)2/4

p255-7 小松英雄 『いろはうた』 いろはにほへと ちりぬるを わかよたれそ つねならむ うゐのおくやま けふこえて あさきゆめみし ゑひもせす 日本人なら知らぬ人はまずないと思われる「いろはうた」は、これが作られた平安時代の日本語音韻全48文字のう…

池澤夏樹編集 『日本語のために』(河出書房新社)1/4

池澤夏樹の個人編集になる「日本文学全集」の最終巻。 古代から現代まで、アイヌ語から沖縄方言までさまざまなジャンルの作品の抜粋と、いろいろな角度からの日本語についての考察が収められている。日本文学全集の一冊としては非常に変った中身がつまった本…

松本清張 『火の路』(文春文庫)

奈良・飛鳥地方には有名な巨石遺跡がある。蘇我馬子の墓といわれる石舞台古墳や由来のはっきりしない酒船石遺跡、益田岩船などだ。酒船石遺跡、益田岩船は天智天皇、天武天皇の母親である斉明天皇(在位655〜661年)が築造を命じたとはされるが、土木技術が…

養老孟司・内田樹 『逆立ち日本論』(新潮選書)

いま大学入試の読解問題に採用される著作家のトップが養老孟司で、二位が内田樹だそうだ。二人とも、「大病して死ぬ間際になっても、病床に大嫌いなあるいは大好きな見舞い客が来ると、該博な知識と恐るべき偏見に満ち満ちた無駄話をいつまでも続けて、見舞…

岸田 秀 『歴史を精神分析する』(中公文庫)2/2

日本は百済の植民地だった可能性が高い。 「任那日本府」は、日本を管理するための中央政府の出先機関ではなかったか。 p167−9 いわゆる皇国史観は1945年の敗戦によって公式には廃棄された。しかし今の私たちも、日本の歴史を考える場合、日本列島には…

岸田 秀 『歴史を精神分析する』(中公文庫)1/2

官僚病――自閉的共同体の病 p16−7、22、60 大東亜戦争における日本軍の惨敗の原因は、物量の差ではない。ましてや兵士たちの戦意や勇気の不足ではなかった。大東亜戦争における日本兵ほど身を犠牲にして戦った兵士がほかにいただろうか。物量の差のた…

岸田 秀 『続 ものぐさ精神分析』(中公文庫)2/2

カネの価値を信じていることは資本家も貧乏人も同じである p273-81 価値について わたし(岸田)は本書で書いているようなことを大学の講義でもしゃべっているのだが、学生たちからときどき、「そのような考え方をしていて空しくないのか」と質問されること…

岸田 秀 『続 ものぐさ精神分析』(中公文庫)1/2

これまで、文明評論の立場からの史的唯物論批判の多くは、「史的唯物論はマルクスがそれを書いた当時の社会状況に囚われた信仰告白である」 として、マルクスの自分の立ち位置に対する無自覚を批判していた。 心理学者からの史的唯物論批判がこれまでどのく…

井筒俊彦 『読むと書く』(慶応大学出版会)2/2

コトバの意味――たとえば日本語の「花」を取り巻く情緒の重なり合いについて p315−9 常識に属することだろうが、一つの単語には音的側面(シニフィアン)と意味内実的側面(シニフィエ)がある。言葉の意味とはなんであるかを考えるとき、ある単語のシニフィ…

井筒俊彦 『読むと書く』(慶応大学出版会)1/2

イスラム教における啓示と理性 p65−73 イスラム教のことが報道されるとき、宗教としての内容が発生当時とは歴史的に大変化していることに、TVや新聞は触れていません。たとえば同じ東洋の宗教でも、仏教などは大乗仏教と小乗仏教を混同して話す人はまずない…

井筒俊彦 『アラビア哲学』(慶応大学出版会)

1993年、78歳で亡くなった著者が35歳のときの著作。世界的宗教学者のごく初期の論文だが、のち『意識と本質』や『イスラム思想史』の中核部分となるイスラム神秘主義と、それが西欧スコラ哲学に与えた深甚な影響などが、すでにこの中にとても分かりやすく示…

池澤夏樹 『真昼のプリニウス』(中公文庫)

池澤夏樹の小説にはいろいろな題材が出てくる。池澤はもともとが理工系の人で、しかも詩人として出発したのだから、地球や宇宙やいわゆる自然と人のかかわりを情感豊かに書かせたら、この人の右に出る作家は日本では少ない。この小説では、浅間山の噴火予測…

[池澤夏樹 『夏の朝の成層圏』(中公文庫)

池澤夏樹39歳のときの、小説家としてのデビュー作。作品の大きな枠組みだけをあの『ロビンソン・クルーソー』から丸々拝借した、見事な作りの、柄の大きな話だ。熱帯の美しい自然と失われた民俗誌描写のなかに、ハリウッドの人間模様、ニューヨークの豪華な…

池澤夏樹 『スティル・ライフ』(中公文庫)

静物画のことを英語で「スティル・ライフ」というそうだ。 ふつうは地上の映像、動画としてとらえられる日常生活。その「地下室的」部分を、詩人・池澤夏樹が顕微鏡的あるいは望遠鏡的静物画としてとらえてみた作品だ。文壇の作品賞にあまり詳しいわけではな…

池澤夏樹 『マシアス・ギリの失脚』(新潮文庫)

去年古希を迎えた池澤夏樹の初期の傑作長編。文庫で600ページを超える。谷崎賞を受けている。 舞台は南太平洋のナビダード民主共和国。いろいろな記述から、フィリピン・ミンダナオ島の東約800キロ、ニューギニア島の北約1000キロのパラオ・ペリリュー諸島に…

池澤夏樹 『アトミックボックス』(毎日新聞社)

1980年代の半ば、自民党の大物が主導し三菱、日立、東芝などが参画した国家機密の原子爆弾開発プロジェクトがあった。原爆実物をつくろうというのではないが、爆縮レンズや起爆剤の精密雷管など主要部品の設計を完成しておき、原発内に蓄積されつつあるプル…

須田桃子 『捏造の科学者』 (文芸春秋)

毎日新聞の科学部記者が書いたSTAP細胞捏造論文事件の詳細報告。内容はだれでも知っていることだし、タイトルは「捏造」のほうがいいのに、などと思って、買ってしばらく放っておいた。それが先ごろ大宅壮一賞を受けたことを聞いて読んでみたが、中身は事件…

J・アーヴィング 『ホテル・ニューハンプシャー』(新潮文庫)

『サラバ!』を書いた西加奈子が絶賛していた現代アメリカ小説(発行は1981年)。おかしな人物がいっぱい登場する『サラバ!』が――日本の小説には珍しい大きなスケールを持ちながら――基本的には家族の成長物語であったように、『ホテル・ニューハンプシャー…