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2019-01-01から1年間の記事一覧

★マルセル・プルースト 『失われた時を求めて 5 第三篇 ゲルマントのほう Ⅰ』5/13

pu p187 夢と覚醒について プルースト(1871~1922年)はフロイトと同時代の人なのだが、フロイトの『夢判断』(1900年)は読んでいなかったらしく、眠りと覚醒を精神錯乱と復活ととらえていた。当時はそれがまだ一般的には「進んだ認識」だった。プルース…

★プルースト 「失われたときを求めて 4 第二篇花咲く乙女たちのかげにⅡ」(岩波文庫)4/13

全14巻の4冊目!前途ははるかに遠い!訳者・吉川一義氏は刊行前の約束どおり、半年に一冊必ず出してくる。頭がたれる力業である。ノルマンディー海岸でのリゾート生活を描いたこの巻は本文だけで650ページを超える大冊だが、主人公の「私」の意識の流れ方に…

プルースト 『失われたときを求めて 3 第二篇 花咲く乙女たちのかげに スワン夫人をめぐって』(岩波文庫)3/13

翻訳者・吉川一義氏によれば、岩波文庫版全十四巻のうち読者がもっとも苦労するのが第三巻に当たる本巻らしい。スワンとオデットの娘であるジルベルトへの「私」の恋心と自意識が全巻を覆いつくしていて、その全長何千メートルもある蛇のような自意識の流れ…

プルースト 『失われた時を求めて』 第一篇「スワン家のほうへⅠ」1/13(2013年9月26日分の再録)

昔、新潮社・井上究一郎訳の8巻本を買って読み始めたわたしもそうだったが、『失われた時を求めて』を読もうとする人は最初の10ページほどで挫折する。岩波文庫の今回の新訳でいうと、有名な「ながいこと私は早めに寝むことにしていた」という書き出しか…

プルースト 『失われたときを求めて 2 第一篇「スワン家のほうへⅡ(スワンの恋)』」2/13

p404-14 この巻においてスワンの中でオデットが決定的に変貌し、穏やかな情愛で愛される女性になる。もちろん数十ページ前からその準備は巧みに描かれているのだし、次の篇でスワンがオデットと結婚するのだから、この変貌は予想されていたのだが・・・。…

村上春樹 『職業としての小説家』(新潮文庫)1/3

スラスラ読んでいくうちに読者をいつの間にか謎の井戸の中に引き込んでしまう、平明さと不可解なメタファーが同居する村上春樹独特の文体。彼はそれをどうやって自分のものにしたのか。 40年近く小説を書いてきた職業人としての身上書であるこの本には、その…

シュテファン・ツヴァイク 『ジョゼフ・フーシェ』(岩波文庫)2/2

p329-32 1815年、エルバ島を脱出しパリに凱旋した「100日天下」当時のナポレオンは、運命の回り合わせで名前だけが皇帝であったにすぎなかった。しかるに彼の傍らにいるフーシェは、まさにこの時代こそ、あぶらの乗った最中だった。刀のように鋭い切れ味を…

シュテファン・ツヴァイク 『ジョゼフ・フーシェ』(岩波文庫)1/2

大革命時代のフランスに興味のある人ならジョゼフ・フーシェという名前は聞いたことがあるかもしれない。あるいはタレーランやメッテルニヒといった一筋縄ではとてもくくれない権謀術数の外交家にちかい人物ではなかったかと、それくらいのぼんやりした記憶…

シュテファン・ツヴァイク 『三人の巨匠』(みすず書房)2/2

ディケンズ ディケンズの作品は伝統の中に安住しようとする イギリス国民の無意識の意志が芸術と化したものである p59-61 イギリスという国の伝統は、フランスがフランス人に対するよりも、ドイツがドイツ人に対するよりも、微細な血管の網目をとおして、あ…

シュテファン・ツヴァイク 『三人の巨匠』(みすず書房)1/2

バルザック、ディケンズ、ドストエフスキーという19世紀の大文豪三人について、その人となりや作品について、それぞれ50~100ページで簡潔にまとめて一冊にしたもの。本としては最後にモンテーニュもおまけとしてついている。 「評伝のツヴァイク」ら…

丸谷才一 『輝く日の宮』(講談社)

『源氏物語』の前半にある『薄雲』の巻で、前の中宮・藤壺は37歳の美しい盛りにあって死の床に就いている。そしてしだいに途切れがちになる意識の中で、かつてあのように自分を慕ってくれた源氏への思いがよみがえる。「あの若い日に、局の御簾や几帳に紛れ…

高橋和巳 『堕落』(新潮文庫)

高橋和巳はつくづくメランコリーの人、鬱の人だと思う。 主人公・青木は第2次大戦中に満州・関東軍の参謀本部に所属していたことがある。そのせいで満州国の総務庁職員や拓務省の参議、清朝の遺臣と親交があった人物たちと交流がある。しかし青木自身は右翼…

村上春樹 『ダンス・ダンス・ダンス』講談社文庫

大ベストセラー『ノルウェイの森』の次に書かれた作品。長編小説としては6作目、1988年刊。 おなじみの羊男が出てきて主人公・僕が異界と関わるときの媒介役になる。羊男が何ものであるのかを知るためにも、『羊をめぐる冒険』を先に読んでおいた方がいいか…

村上春樹 『1973年のピンボール』(講談社文庫)

連合赤軍が警察機動隊に踏みつぶされた浅間山荘事件は1972年のことだった。その前から学生の全共闘各派は内ゲバを繰り返して衰退し、一般市民の共感を完全に失っていた。そして日本封建制の優性遺伝子を持つ彼らは、戦中の学徒動員を真似て雨中の大行進を東…

村上春樹 『遠い太鼓』(講談社文庫)

村上春樹は40歳前、初期のベストセラー『ノルウェイの森』と『ダンス・ダンス・ダンス』をヨーロッパで書いたらしい。二つの作品はおもにイタリアで書いたということだが、原稿を書きながらときどき近隣の国や地方を旅したり、執筆用に借りた家の付近で泳…

池澤夏樹 『切符をなくして』(角川文庫)

よくできた童話であるといっていい。小学校高学年以上には読めるだろう。ネタバレになるからストーリー紹介はよすが、終わりのほうに死とは何かを子供に説明する面白い場面がある。 「人の心はね、小さな心の集まりからできているの。その小さな心をとりあえ…

村上春樹 『ラオスにいったい何があるというんですか?』(文芸春秋)

p169-70 p251 本書のタイトルの「ラオスにいったい何があるというんですか?」は、僕が「これからラオスに行く」と言ったときに、中継地のハノイで、あるヴェトナム人から僕に向かって発せられた言葉です。ヴェトナムにない、いったい何がラオスにあると…

池澤夏樹 『やがてヒトに与えられた時が満ちて…』(角川文庫)2/2

『やがてヒトに与えられた時が満ちて…』 出色の思弁的SFである。若い時から終末論に興味を惹かれてきたという池澤の、大学で専攻した物理学の知識が、彼本来の透きとおったロマンティシズムと論理的で平明な文章力の中に活かされている。表題はヒトという…

池澤夏樹 『やがてヒトに与えられた時が満ちて…』(角川文庫)1/2

短篇『星空とメランコリア』と中篇『やがてヒトに与えられた時が満ちて…』の2作を収録する。 『星空とメランコリア』は1977年に打ち上げられたボイジャー1号・2号と、ボイジャーが運んだCDを「読んだ」<知的生命体>に向けて書かれたメランコリック・サイ…

ジョン・ホーガン 『科学の終焉(おわり)』(徳間書店)

A5判、本文だけで400ページ、丁寧な索引まで入れれば500ページ近いこの本には、進歩の終焉、哲学の終焉、物理学の終焉から始まって宇宙論、進化論生物学、神経科学、カオス科学、リミトロジー、科学的神学など現代を特徴づける様々な科学が終焉(おわ…

池澤夏樹 『花を運ぶ妹』(文春文庫)2/2

それにしてもドイツ女インゲボルグのヘロインへの誘いは迫力がある。 以下、少し長いが抜き書きする。 p243-6 インゲボルグ「哲郎のバリの花の絵はいいわ。でもそれはすぐに萎れる花を描いているからいいのではない。その花の後ろに、一輪の花を超えた永遠…

池澤夏樹 『花を運ぶ妹』(文春文庫)1/2

秀作小説。『アトミックボックス』、『マシアス・ギリの失脚』、『スティル・ライフ』、『夏の朝の成層圏』、『真昼のプリニウス』、『静かな大地』、『すばらしい新世界』、『光の指で触れよ』、『氷山の南』』、『南の島のティオ』と、発表年に関係なくラ…

山本義隆 『近代日本一五〇年』(岩波新書)3/3

第5章 戦時下の科学技術 国民健康保険の改革、食糧管理制度は戦中の国民総動員体制のなかで作られた。 その冷徹で合理的な政策は、アメリカ軍の占領政策にも引き継がれた。 p175 軍部上層部は、日中戦争から太平洋戦争にいたる時期の国民総動員体制のなか…

山本義隆 『近代日本一五〇年』(岩波新書)2/3

第3章 帝国主義と科学 初代文部大臣・森有礼はなかば以上本気で、日本語の廃止・英語の採用と 米国子女との結婚による人種改良、を考えていた。 p90-3 黒船によって象徴された西欧文明の軍事的優越性は、同時に、西欧文明の知的優位性を押しつけるものだっ…

山本義隆 『近代日本一五〇年』(岩波新書)1/3

近代科学史の名著『磁力と重力の発見』(全3巻・みすず書房)を2003年に上梓した著者が、明治以来の日本の近代史を科学技術興隆史の視点から総浚いしたもの。『磁力と重力の発見』は物理学の鍵概念である「力の遠隔作用」が、西欧においてどのように「発見」…

木村敏 『異常の構造』(講談社現代新書)

「異常者」の目印は「常識」の欠落 p93-5 ごくありふれた精神分裂病の患者では、「常識の欠落」は患者自身によって経験されるよりも、周囲の人物に奇異の念をいだかせるような「他覚的症状」としてあらわれてくる。 小さい時から親に口答えひとつしない、す…

H・グリーン 『手のことば』(みすず書房)

この本を読むと、私たちが聾者の世界というものをほとんど想像できないままでいることがよく分かる。 聾ということはただ耳が聞こえないということではない。耳が聞こえないということは言葉がない世界にいるということである。手話ができれば言葉があるでは…

オリヴァー・サックス他 『消された科学史』(みすず書房)

この本には以下に抜き書きしたダニエル・ケヴレス『がんとウィルスと勇気ある追跡の歴史』のほかにも、スティーブン・グールド『進化観を歪める図像』、オリヴァー・サックス『科学史における忘却と無視』のほか、環境や遺伝子、意識と無意識の相互関係とい…

養老孟司 『考えるヒト』(ちくま文庫)

主著『唯脳論』の続編ともいえる難しい内容を持つ。養老さん自身が自分の一生のテーマであると言っている「意識」について、専門性と総合性をともに備えた、深くて広い思考の先端部分が示されている。 ただし、いつもの養老さんのように、この本でもアタマの…

トーマス・マン 『ブッデンブローグ家の人々』(岩波文庫)

トーマス・マンが最初に書いた長編小説。「ある家族の没落」という副題が付いている。18世紀から19世紀にかけて、名門実業家が興隆しその頂点で没落をはじめる典型例が重厚に悲劇的に描かれている。20世紀の初頭に初版が発行されたが、本国ドイツはもちろん…