2011-05-01から1ヶ月間の記事一覧
「混濁した世界の中から明澄な意識を積み上げるべく修行する」主人公ヴィルヘルムは、作中の「蓮っ葉女」に哂われているように、「どんな人間にしようかと会議をしている神々の議論でつくられた」ような面白みのない男である。未熟な苦瓜のように固く、生身…
十八世紀末、ナポレオンより二十歳年長の大天才の悠揚感が十分に伝わってくる。ドイツ統一に向けて小さな公国の戦争が増え始め、近代を作り出すナポレオンの革命は目前に迫るが、その意味を感知できるはずもないドイツ貴族制はまだ十分に安泰だった。 大貴族…
オーストリア・ハンガリー帝国内では、例えばチェコの兵卒はハンガリー人やセルビア人に対して、女子供を銃剣で串刺しするようなことをやっている。街中でもハンガリー人やセルビア人を見つければ喧嘩を吹っかけ殴り殺してしまう。話の舞台である第一次大戦中…
おととし暮れ、何かの本で高い評判があったので買ったのだが、間違いなく傑作。全ページにわたって、オーストリア=ハプスブルク帝国の権力とそれに小突き回されるチェコ民衆の両方にたいする悪罵、皮肉、からかい、デタラメ、、とんちんかん、面白半分の真…
p335 すべての馬は偉大なアラーの手によって、一頭ずつ違うものとして創られたのに、細密画師たちはどうして想像の中の同じ馬だけを描くのでしょう。一頭の馬のすばらしさはその形や曲線のすばらしさなのです。それを、盲目の細密画師がそらんじて描けると…
西洋絵画の遠近法を取り入れることをめぐる、十六世紀トルコの宮廷細密画師たちの暗闘の話。密告と中傷と惨い殺人劇に肌が粟立つ。欠陥を見出せないストーリー、大小の挿話を鈍く深く光らせながら衒学に陥らない作者の驚くべき博識・・・『紅』はパムクが描…
去年の三月末、元警察庁長官が銃撃された事件の公訴時効が成立したことを受け、警視庁公安部が「オウム真理教のテロ」とする捜査結果を発表していた。犯人を特定できていないのに、なぜ教団の犯行と発表できたのか。喧嘩に負けた金持ちの子供のような公安部…
p14 小説を書くことは針で井戸を掘ることに似ています。自分の人生を、他人の話として徐々に語ることができること、この語る力を自分の中で感じることができるためには、作家は机の前で何年もこの芸術に必要な職人技に根気強く専心して、一種の楽観主義(希…
大仰な言い回しと、望遠鏡で顔色を読むような抽象的心理描写の羅列と、素人でも考えつく初歩的な独白体による物語展開の退屈さと。独白体にしてはやたら難しい単語が連続するが、象牙海岸で初めて黒人に出会い、黒人が同じ人類であることの恐怖を北ヨーロッ…
生まれつきハンディキャップを持った小さなスズメの十二年の生涯の、心を打つ物語である。自分の世界を生きるスズメが淡々と叙述され、著者の強い思い入れはよくコントロールされていて、読者のセンチメンタリズムを誘おうとする嫌味がない。スズメが何を好…
星星の軌道計算による精密暦法の確立の話。養老孟司が毎日新聞の書評で絶賛していたから買った。 確かに「ライトノベル」。世間への興味を失って、こんな言葉があることすら知らなかった。冲方はコンピュータゲームの開発者らしいがなるほどと思わせる陳腐な…
作品史には詳しくないが、平凡な出来。「山門を開けて入れる人ではなく、また門を通らないで、その前をただ行過ぎる人でもなかった。要するに、門の下に立ち竦んで、日の暮れるのを待つべき不幸な人であった(巻末p281)」主人公・宗助はいかにも煮えきらず…
倫敦塔 ロンドン塔にはイングランド王とスコットランド王の親戚同士の殺し合いなど、イギリス歴史の暗部が煎じ詰められている。その悲惨な物語が、漱石が数少ない真率な敬意を捧げていたシェイクスピア劇を織り交ぜながら、半小説風に紹介されている。 新潟…
「一夜」 二人の男と一人の美しい女が旅館か料亭の一室で、何か妖しい話をする妖しい掌編である。漱石が自分で云っている。「なぜ三人が落ち合った?それは知らぬ。なぜ三人とも一時に寝た?三人とも一時に眠くなったからである。三人の事件がなぜ発展せぬ?…