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ハラルト・シュテンプケ 『鼻行類(新しく発見された哺乳類の構造と生活)』(平凡社ライブラリー)

 ある人の推薦読書目録でこの本を知ったのだが、なんといっても「鼻行類」という漢字三文字が目を引いた。「鼻」と「行」は普通並んでは使わない文字だからだ。副題に<新しく発見された哺乳類の構造と生活>とあるが、いったいこれは何の本だろうと思った。
 推薦者は解剖学者として間違いのない人だし、翻訳者は元京大理学部教授でドーキンス利己的な遺伝子』など生物学、進化論、博物学方面の優れた本を選んで訳出する日高敏隆氏だった。だからとりあえず読んでみて、驚いた。
 まず、序論からびっくりさせてくれる。

 p7
 鼻行類は哺乳類の中で独特な位置を占めている。この極度に奇妙な構造を持つ動物は、ごく最近になって発見された。この動物が長い間知られずにいたのは、その原産地である南海のハイアイアイ群島が1941年まで発見されなかったからである。発見者はエイナール・ペテルスン=シェムトクヴィストというスウェーデン人だが、1941年彼は日本軍の捕虜収容所から脱走してハイアイアイ群島の一つに漂着し、それまで見たことも聞いたこともない奇妙な動物を発見したのである・・・・・・・・。
 p15−17
 鼻行類はまさに名前が示すとおり、その共通の特徴は鼻が特殊な構造をしていることである。鼻は一個のこともあり、多数存在する場合もある。鼻が多数あるというのは、脊椎動物の系列ではほかに例がない。
 ・・・・・・ムカシハナアルキ属を除く鼻行類では、鼻器が移動のための器官となっているから、四肢は移動機関としての機能を失っている。後肢はたいていの場合多少とも劣化し、前肢はおおむね把握器官として食物を保持したり、身体を掃除する機関としてだけ使われる。
 一方、尾は卓越した機能を果たしており、その構造もきわめて多様で、じつに異様な形を呈するにいたっている。まきつく尾や投げ縄のような尾が見られるばかりでなく、硬尾類においては、尾は原始的な種では跳躍器官に、より進んだ種では把握器官となっている・・・・・・・。
 ・・・・というような「序論」・「総論」に続いて、約100ページにわたる「各グループの記載」がある。そこでは、じつに珍妙な鼻行類の数々が、20種以上も紹介されている。その多くには、奇妙な体形を詳細に描いた図版がついている。特に興味深いものをいくつかあげてみた。
 :ナメクジハナアルキ ハツカネズミ大。泥土質の岸辺に生息する。幅広い鼻でカタツムリのように移動する。  :ミツオハナアルキ 幼獣期に鼻で地面に固着した種。鼻から果実に似た香りを放ち、昆虫を誘って食用にする。

 :トビハナアルキ 島でもっともよく見かける種。三つの節からなる鼻で後ろ向きに大きくジャンプして移動する。人間の粉ミルクで容易に飼育できる。  :ダンボハナアルキ 大型バッタ大 鼻の「一本足」で空中に飛び出し大きな耳で滑空することができる。

 :ランモドキ ふつうは尾でじっと立っており遠くからは大きな花に見える。ランの花弁のように伸びた鼻からヴァニラに似た分泌液を出し、昆虫を誘って食用にする。  :ハナモドキ 何本もの鼻が口を取り巻いており、周囲に昆虫がとまるとそれらを一斉にパチンと閉じることができる。図版の下の方にいる。

:オニハナアルキ 4〜6本の鼻は内部に空気圧搾機構があり、その内圧で体を支えて移動する。歩行中には空気圧搾機特有のシュッシュッという音がする。  :マンモスハナアルキ 体長1.3mに達する大型の類。草食性。鼠蹊部にある乳頭から子に授乳する。個体の寿命は長いが繁殖力は弱い。

I:リョウトビハナアルキ ハツカネズミ大。鼻に関節があり力強い筋肉を持つ。尾もまた強靭である。この鼻と尾を用いてつる性かん木の茂みのあいだを信じられぬほど敏捷に前後左右にはねまわるので、この動物を捕えるのは容易ではない。
 
 翻訳者日高氏は1963年、フランス語版の本書を出版社のカタログで発見したらしい。そのとき、今頃になって哺乳類の新しい目(もく)が発見されるとは!と仰天したそうだ。しかも序文はP.P.グッラセという当時有名なフランスの動物学者が書いていたので二度驚いたという。
 1987年、この本の日本語版が出ると、たちまち大きな話題になったということだが、そのとき40歳前後だった私は知らなかった。「どうして今まで断片的な紹介すらなかったのか?日本の動物学者は怠慢だ!」「大学の学園祭で展示したいから、標本があったらぜひ借りたい」、「生態写真をぜひ見たい」といった手紙や電話が出版社に相次いだということだ。しかし残念なことに、写真は一枚も残っていない。それは、発見後わずか15年で、ハイアイアイ群島全体が西側某国の核実験の地震で水没してしまったからだと、本書末尾で示唆されているのだが・・・。
 本書には「正しい読み方」がある。ミステリー小説がそうであるように、決して「あとがき」を先に読んではならない。