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リチャード・ファインマン 『ご冗談でしょう ファインマンさん』(岩波現代文庫)1/2

 1965年量子電磁力学の発展に大きく寄与したということで、朝永振一郎らとともにノーベル物理学賞を受賞したリチャード・ファインマンの自伝。この本は1986年に日本語訳の出る前にドイツ、フランス、韓国でも出版されたが、いずれも売行きは良くなかったらしい。
 ところが日本では、著者も翻訳者もびっくりするほど売れた。僕が読んだのは岩波現代文庫版だが、2000年第一刷で2013年には上巻で32刷、下巻で27刷を重ねている。カバーの帯には「発行された岩波現代文庫で売り上げ第1位」と大書されていた。ドイツ、フランス、韓国で揃って不人気だった本がなぜ日本でだけ高く評価されたのだろう。
 ドイツ、フランスなどで売れなかった理由は、なんとなくわかる。ファインマンはニューヨーク下町の生まれで、ヨーロッパのマネをしたがるアメリカ上層社会の気取った態度、言葉遣いがとても嫌いだったようだ。そしてダウンタウンに育った人物らしく、いろいろないたずらが大好きで、よく冗談を言う。その冗談はこの本にもよく出てくる。しかし、この彼一流の冗談が、まったくおもしろくないのだ。たとえばこの本のタイトル『ご冗談でしょう ファインマンさん』は、ファインマンと彼が入学したプリンストン大学院のお上品な学長夫人とのちょっとした会話に由来する。以下のような単純きわまりない会話である。

 プリンストン大学院新入生歓迎パーティで、万事イギリス風が好みのお上品な夫人がファインマンに尋ねた。
ファインマンさん、お茶はレモンになさいますか、それともミルク?」
「レモンもミルクもお願いします、奥様」
「まあ、ご冗談でしょうファインマンさん、ホホホホ」
 たったこれだけの話である。ファインマンは、このスベリまくった会話が自分という人間を語るキーフレーズであると本気で考えたのである。彼がしゃべり始めると、読者は彼がどんなオチにしようとしているのかすぐにわかってしまうのだが、彼はご丁寧にも最後までしゃべって、オチの解説までしてしまう人物なのだ。そして自分で「どうだ、ケッサクな話だろ!」とまず自分で笑ってしまうのである。