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ウィングフィールド 『フロスト日和』(創元推理文庫)

 『クリスマスのフロスト』につづくウィングフィールドの、いわゆるモジュラー型警察小説の二作目。『クリスマスのフロスト』以上の傑作だ。
 郊外の深い森の中の連続婦女暴行事件、公衆便所に浮かんだヤク中浮浪者の死体、轢き逃げされた貧しい老人、轢き逃げ車両の名義人であるどら息子をかばう下院議員、成金夫婦の子供の失踪、散弾銃で頭を飛ばされた女好き警察官、押し込み強盗に襲われた故買質屋・・・・、たったの三日間に十件以上もの事件が発生し、それらがすべて微妙に絡まっている気配を見せる。前作同様、主人公・フロスト警部は二、三時間の断続睡眠しかとれない。
 フロスト警部の相棒は前の勤務地で上司をノックアウトして巡査に格下げされた癇癪持ちである。そのくせ、捜査は捜査会議の決定にのっとって筋道立てて進めなければならないとわめきたて、フロストの直感頼りの手法に不平を鳴らして彼を悩ませる。また、署長のマレット警視は自分の制服に皺がないこと、靴がピカピカなこと、捜査会議が時間どおりに始まることと、出世の階段をもう一段上がることにしか興味を持たないクズ役人だ。前作もそうだったが、このマレット署長の杓子定規ぶりと上司である州警察長へのおべっか使いのみごとさはなかなか笑わせてくれる。本好きの元警官のひとがこの小説を読めば、マレットとフロストのやり取りに、喉のつかえがぐっと下がるか血が上って顔が赤くなるか、はたしてどちらだろう。
 どこの国でも陰湿な官僚組織の代表といわれるのが警察だが、わが日本でもまったく同じようだ。世界中で特殊公務員組織というのは同じなのだろう。
 このあいだ私は、近くの交番に「そこの一方通行の道は、進入禁止の看板が見えづらいところにあるので場所を変えないと危ないよ」と言いに行った。「そういうことは私ら下っ端が言っても取り上げてもらえない。住民が言うほうが早いですよ」と、その交番の人のよさそうな巡査は答えた。その答えにも感心したが、後日わたしは警察署に直接行って同じことを言った。「分かりました!上へ申告書類を出します!」と、若い警部補くらいのお廻りが返事してくれたので、正直者のわたしは少し期待した。しかし半年たった今もそれきりで、狭い一方通行の裏通りは看板に気づかない逆行車が何台も走っている。その申告書類は、たとえ出されたとしても、マレットみたいな署長の「未決」書類かごの一番下で半年間たぶん眠ったままなのだ。
 あほらしい愚痴はいいとして。本作のタイトル『フロスト日和』の原題は<A TOUCH OF FROST>とカバーに書いてある。「フロストらしさ」とでも訳したらいいのか。「毎日をいかにも彼らしく過ごすフロスト」くらいの意味だろう。「あとがき」に書いてあることだが、警察組織の一員でありながら、(実際は守られにくい)規律一辺倒の、(非常に悪い)効率一辺倒のシステムを無視して、身の丈サイズでハチャメチャに生きるフロストに、同じような閉塞状況にあえぐ私たちが寄せるささやかな共感がこの作品の最大の魅力に違いない。警部フロストが、自分も相棒も街の小悪党も等しく罪を犯す者であるという認識を持っている――、その一点がウィングフィールドの小説を並みの警察小説から離れたものにしている。