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円地文子訳 『源氏物語』 (新潮社)1/9

 巻一
『夕顔』 
 p236 
 『夕顔』の最後のページに、紫式部自身が「この物語は本当にあったことを書いたのですよ」と読者に対して念を押す一文がある。当時の読者はその教養に応じて、この一文をあるいは真顔で、あるいは微笑しながら読んだに違いない。
 「一体にこうした面倒な忍ぶ恋の類いは、源氏の君御自身、秘し隠しにしていらしったのがお気の毒で、すべてを書くのは控えておいたのに、「何もかも知っている者までもが、いくら帝の御子だからといって、悪いところは隠してしまって、何のかのと誉めたててばかりいる」と、この物語を嘘のように言いなす人々があったので、思いきって書いてしまったものの、物言いの無遠慮すぎたお咎めは逃れようもあるまい。」

 巻二
『葵』
 p124
 正妻である葵の君が六条の御息所の生霊に呪い殺されるのが『葵』の帖だ。 源氏のこの世のものとも思えない順風人生に初めて影が差す。弘徽殿の女御との間にできた皇太子に帝位を譲った桐壷院は、それまでことのほか慈しんできた源氏に対し、日ごろの女性関係について厳しい釘をさす。弘徽殿の女御は右大臣の娘であり、右大臣は新帝の外祖父になる。左大臣の娘である葵を正妻にした源氏は政治的には本流から外れるのだから注意せよということである。
 「(夭折した前の東宮の妃であった)六条の御息所は東宮の寵愛も格別であったのに、そなたがあの方を軽々しく、並並の思い人のようにお扱いしているのはまことに心苦しいことだ。前の東宮の兄でもある私は(御息所の娘である)伊勢の斎宮を自分の娘同様に大切に思っているのだから、息子であるお前も六条の御息所に疎略のないように心がけるがよい。気まぐれのはしたない浮気沙汰は世間の批難を受けることであるぞ。」 そのうえで桐壷院は、「気位の高い女に恥を与えるようなことをすれば恨みを買う」と諭し、御息所の生霊が葵を呪い殺す伏線を張る。

 『賢木』
 p267
 過去に宿敵弘徽殿の女御の妹・朧月夜にまで手を出していた源氏は、桐壷院が崩御したあとも行状を改めることができない。あろうことか、皇太后となって権勢の頂点にのぼった弘徽殿の住まいのすぐ近くで再び朧月夜と密会し、父・右大臣に見つかってしまう。右大臣の娘・弘徽殿の怒りは尋常ではない。
 「(わたしの子である)今上帝に対して何事につけても源氏が不安心に見えるのは、東宮の御世が早く来るようにと待ち望んでいるからです。
 「まずまずこのことはしばらく外へは洩らさぬことにいたします。父上は主上にも奏上遊ばしませんように。妹の朧月夜には内々に父上からご意見くださって、それでも妹が聞きませんようでしたら、その罪にはわたしが直接当たりましょう。」
 もっとも次の帝である東宮がまさか源氏と藤壺中宮の秘密の子であることは、弘徽殿の女御はもちろん知らない。