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円地文子訳 『源氏物語』 (新潮社)7/8

 巻八
 宇治十帖が始まる『橋姫』の巻で、薫は自分の出生の秘密を知らされる。教えてくれたのは「弁の君」という、かつて源氏の六条の院で朱雀院の娘・女三の宮に付き添っていた老女房。柏木を女三の宮の部屋に手引きした「小侍従」の女房仲間で、しかも自分の母親は柏木の乳母を務めたこともあったから、当夜の柏木への手引きのしかた、女三宮への言い含め方は要領を得たものだったに違いない。「小侍従と私のほかには知る人はございますまい、一言も洩らしたことはございません」と「弁の君」は薫に誓言するが、こうした女の誓言を信用すると世間のうわさというものは成り立たなくなる。 
 それはともかく、薫は、自分が源氏の実子ではなく、柏木と女三の宮の不義の結果の人間であることを知り、三の宮を寝取られた源氏の心中を思いやる。三の宮は当時の実力上皇である朱雀院が源氏に無理やり与えたようなものだった。そしてその三の宮を前の太政大臣(もと頭中将)の長男・柏木が辱めたわけで、このことが上皇の耳に入れば表の政治の世界の問題になりかねなかった。
 上皇にしてみれば、今上帝を別にすれば並ぶ者ない身分の者として、娘をふしだらに育て上げた自らの過保護を反省したりしない。独善的権力者であれば、「源氏と太政大臣は自分の妻や子供も監督できないのか」と思うわけで、そのことが漏れれば、源氏も太政大臣もこのうえない世間の嗤いものになるのを避けられなかった。
 世間に恥をさらすことが当時は最大の不名誉であったから、生まじめな薫は自分に何の責任もないこととはいえ、こうした現実の濁世を厭離する気分をますます強くする。のちの『浮舟』の帖において、薫は浮舟を愛しながら「じっくり育てて、世間に立派に立つことのできる女に仕上げよう」と悠長に時間をかけているうち、好色漢・匂宮にあっさりさらわれてしまうのだが、読者がイライラするような薫の煮え切らない性格には自身の誕生にまつわる暗い宿命感がまつわりついている。

 巻九
 源氏物語』は全巻すべてが紫式部の作ではないといわれるが、この巻の『東屋』の帖は特にそのような節がある。話の運びがこれまでに比べて格段に速く、登場人物が喋り散らす内容が直截で、たとえば常陸の守とその北の方の浮舟の扱い方をめぐる諍いなどには、貴族特有の仄めかしというものがほとんどない。中央の公達に比べればはるかに身分賤しい東国の受領夫婦のやり取りということで、わざとそうしたのかもしれないが。
 またこの帖には、初め浮舟の婿になろうとしたが、浮舟が金持ちの常陸の守の継子であり、遺産をあてにできない所から実子の娘に鞍替えする「少将殿」が出てきて、その少将の父君は亡くなった薫大将であるとなっている。『東屋』は薫が25、6歳、浮舟が20歳ごろの話だから、あきらかにこの「少将殿」に関係した箇所は年齢の事実関係が破たんしており、原作または書写本にたずさわった側になんらかの混乱があったと思われる。
 この少将殿が常陸の守に入り婿しようとするときの、少将殿と口のうまい仲人との話が面白い。財産目当ての結婚はいつの世も同じである。

 『東屋』
 p166-8
 姫君を継娘と知って、少将はひどく機嫌を損じてしまった。 
 少将常陸の守の娘御でないとは、最初からまったく聞いていなかった。あの北の方の娘には違いあるまいが、継娘では婿として出入りするのに肩身が狭い。世間体も悪い。いい加減なことを言ってってくれたものだ。
 仲人:詳しいことは存じませんでした。とりわけ大切にされておいでの姫君とのうわさですので、常陸の守の姫君に相違ないと存じたのです。そこへ、評判を聞かれたあなたさまが、なんとかして仲立ちしてくれとおっしゃいましたので、お取り持ちいたしたのでございます。けっしていい加減なことを申したのではございません。
 能弁なこの男がそんなふうに言いわけするので、少将もあまり上品とは言えないことを言う。
 少将:あのような受領風情の家に婿となって通えば、世間でも誉めないに決まっているが、それは当今はままあることで、さして目くじらは立てまい。だが、実の娘と継娘では、こちらはおなじつもりでも、世間はそうは思わない。常陸の守の財産に目がくらんで、「実」も「継」も分からなくなってしまったのだなどと、まことしやかに取りざたするものも出てこよう。受領に婿入りした某少納言などは金持ちになって大威張りだが、それは受領の実の娘だからだ。自分が継娘を貰ったばかりに、受領風情からもろくに相手にされないような有様で立ち交るのは、みじめなことだ。